営業
シュラは団長のルージュゴルジュと並んでタイムアタック家の屋敷へ向かっていた。
王都でも名の知れた大貴族の邸宅だけあって門からして大きい。
黒塗りの鉄門には金の装飾が施され、その向こうには刈り込まれた庭木が左右対称に並んでいる。
白い石畳は朝の光を受けて眩しく、屋敷の窓という窓には磨き上げられた硝子が嵌め込まれていた。
「でっかいなぁ、うちのテントなら三つくらい入りそうだ」
ルージュゴルジュが顎を上げる。
「その比較は必要ですの?」
「商売人は何でも比較するんだよ」
シュラは小さく笑ったが、門をくぐった瞬間から、その視線は忙しく動いていた。
玄関までの距離、正面玄関の幅、庭から裏手へ続く通路、屋敷の左右にある扉。
案内役の使用人が先を歩く間にも、シュラは何気ない顔で周囲を眺めていた。
「本日は結婚式の余興について、団長様からご提案があると伺っております」
「そうそう。王国一のサーカスを売り込みに来た」
シュラが入ったキャスター付きの水槽を押しながらルージュゴルジュが胸を張る。
「王国一、というのは少々大げさでは?」
「興行収入の話なら本当だぞ、王国一になったことがある」
「……それなら堂々と言ってもよろしいですわね」
シュラは扇子で口元を隠した。
案内された応接間にはすでに年配の家令が待っていた。
背筋はまっすぐで銀縁の眼鏡の奥からこちらを静かに見ている。
机の上には結婚式の予定表と何枚かの会場図が置かれていた。
「タイムアタック家の家令、セバスチャンと申します」
「ルージュゴルジュだ。こちらが人魚の歌姫、シュラ」
「よろしくお願いいたしますわ」
シュラが頭を下げる。
セバスチャンは彼女の水色の髪と人魚の尾を一度見たが、驚いた様子を見せなかった。
「話題の歌姫ですな。新聞で拝見したことがあります」
「まあ、それは光栄ですわ」
シュラの眉がわずかに上がる。
「では、さっそく演目について伺いましょう。結婚式には国王陛下のご親族も出席されます。失礼のない内容であることはもちろんですが、エリシアお嬢様は華やかなものを好まれますので」
セバスチャンが資料を手に取った。
「それなら、うってつけだ! うちの連中は地味にするほうが難しいくらいだからな」
ルージュゴルジュが胸を叩き、資料を広げる。
空中ブランコ、曲芸、火の輪、道化、そして最後に人魚の歌。
セバスチャンは一つずつ目を通し時折質問を挟んだ。
「こちらの演目は庭でも可能ですか?」
「可能だ。ただし、火を使うから風が強い日は避けたい」
「人魚の歌姫の水槽は?」
「うちにも運搬用の設備はあるので問題ない、持ち込むなら事前に確認が必要だ」
シュラは会話を聞きながら、机の上の会場図へ視線を落とした。
大広間、玄関、厨房、控え室、庭へ続く扉、図面の端には使用人用の通路まで描かれている。
シュラは指先で紙の端をそっと押さえた。
「この廊下は、厨房へ続いておりますの?」
「はい。配膳の際はこちらを使用します。来客用の廊下とは分けておりますので、式の最中も比較的静かな場所です」
セバスチャンが答え、シュラは視線だけを図面の上で滑らせる。
屋敷の中は思っていたより複雑だが、知りたかったものは見えてきた。
どこから人が入り、どこへ料理が運ばれ、どこで人の流れが分かれるのか。
営業のために会場を確認しているように見える範囲で、シュラは一つずつ覚えていった。
「余興は食事の後でしょうか? もしそのようでしたら、水槽の搬入は式が始まる前に済ませておいたほうがよろしいですわね」
「ええ。準備は裏手から行います」
シュラは頷いた。
今日の目的は、サーカスを売り込むこと、そして屋敷を知ること。
二つとも思っていた以上に順調に進んでいた。
その時、セバスチャンがふと笑った。
「そういえば、お嬢様は今回の余興について大変楽しみにされております」
「エリシア様が?」
ルージュゴルジュが聞き返すと、セバスチャンは少しだけ目を細めた。
「はい。以前、お嬢様のご友人が結婚された際、その披露宴で大きなサーカスを招いたことがありましてな。それはもう、たいそう華やかなものでした」
シュラの指が止まり、セバスは当時を思い出すように、ゆっくりと言葉を続けた。
「庭いっぱいに旗が飾られ、空中を舞う演者がいて、火の輪をくぐる曲芸師までいたそうです。夜には色とりどりの明かりが灯され、最後には音楽と花火まで上がったとか」
ルージュゴルジュが目を丸くする。
「ずいぶん派手だな」
「ええ。お嬢様はその話を聞いてからというもの、たいそう羨ましがっておられました」
あのエリシアが友人の結婚式を彩ったサーカスを見て、自分もあんな余興を、と望んでいる光景が鮮明に浮かんだ。
華やかな衣装、大勢の観客、音楽、歓声、そして誰よりも目立つ花嫁。
「ですから今回、結婚式をより華やかにするためにも、余興にはかなり期待されております」
セバスチャンが言い、ルージュゴルジュは満面の笑みを浮かべた。
「それなら話は早い! うちは期待を裏切らないぞ」
「ええ。王国一の興行収入を記録した実績もございます。きっと、エリシア様にもご満足いただける舞台をお見せできますわ」
自分の声が思いのほか穏やかなことに、シュラ自身が少し驚いた。
セバスチャンは資料を閉じた。
「十分でしょう。結婚式の余興として、正式に候補へ入れさせていただきます」
ルージュゴルジュが拳を握り、シュラは会場図へ目を落とした。
「よし!」
「ありがとうございます」
二人が応接間を出る。
帰り際、シュラは廊下の先にある大広間をちらりと見た。
高い天井に大きな窓、何人もの使用人が行き交う広い空間。
ここで、わたくしは歌いエリシアは花嫁として立つ。
シュラの髪が廊下を抜ける風に揺れた。
会場図に描かれた屋敷の線が、今のシュラには舞台の輪郭に見えていた。
そしてその舞台へ立つための許可をシュラは自分の手でもぎ取りに来たのだった。




