二十四話 マイスターの暗躍③
いつもの予告詐欺。
すみません。
けどようやく更新ペース戻せそうです。
「……はあっ、はあっ、はあっ、はー……あっははは。
……いや、ホンマに言ってんの?コレ」
息を乱しながら乾いたように笑う少女。
艶やかな藍の髪はすっかり乱れ、幼い背丈に似合わぬ妖艶な着物はあちこち破れている。そこに先程までの華美さは見る影もない。また、その着物の裂け目から覗く肌には鋭い刃物で斬り裂いたような生々しい傷がいくつもあった。
満身創痍。
その言葉がこれほど似合う状態もそうそうないだろう。
「やー無理無理。そら道理で、ここまで来れた訳や」
にも関わらず少女は焦燥を感じさせない様子で肩をすくめて首を横に振る。
それを、冷ややかな目でヒュノは見下ろしていた。
「道理で、とは、私の何を知っていると?」
「わかるよー。アンタ、魔眼持ちやろ?それも最上位の性能を誇る銀色、千年振りに見たわ。なんで王国なんかに居るん?」
あまりにピンポイントな返答にヒュノは思わず驚愕する。が、表情には出さず、依然として怜悧な視線を向ける。
「それに答える義理は?」
「くはは、手厳しいなあ。ま、ウチらが知らん時点でそれくらい闇の深い話なんは分かってたしエエけどな。
とはいえ一気にメンドくさい事んなったなあ。アンタらみたいなんが居るとなるとコッチも色々動きを変えなアカン。……今回はそれが分かっただけ良かったわ」
ひとりごちて少女は一息つく。そして、見定めるような視線をヒュノへ、そしてその後方で傷の治療に努めるハルカへと交互に向けた。
「それにしても仲睦まじいなあ。瀕死の様子見て名前叫びながら駆け寄るとか、生徒と教師の関係とは思えへん」
それは言外にヒュノとハルカが同じ組織に所属しているのだと知っている事をほのめかしていた。
その言葉にヒュノは目を伏せて返す。
「……勘繰るのは結構ですが、あなたがそれを知る事はもうありませんよ。逃がすつもりもないので」
「いいや逃してもらうわ。まだやらなアカン事いっぱいあるし」
「その状態で逃げ切れるとでも?」
「お気遣いありがたい事やけど、逃げるだけなら歩けるだけで充分なんよ?
だってアンタら、コレ放っとけへんやろうし」
『グギャアアアアアアアアン!!』
直後、遠くから地を揺らすような咆哮が響いた。
かと思えば次の瞬間、ヒュノの隣にあった建物を途轍もなく巨大な何かが踏み潰す。
轟音と共に地が割れ、衝撃の余波で周囲の建物も土煙を上げて崩れていく。
「な……!」
景色晴れる。そして、その巨大な何かの全貌が明らかになった。
その姿にヒュノは目に見えて狼狽える。
それは、王都の景色の三分の一を埋め尽くすほどの巨体。体表は黒く輝く鱗に覆われ、またその図体に見合う程に巨大な尾と二対の翼が生えている。そしてそれらを支えるのは目の前にあるものを含めた4本の足。
頭部は蜥蜴のそれと似ており、目の真上より僅かほど後ろに硬質な角が二本突き出している。
「まさか、邪竜……!?」
その単語が気付けば口から漏れていた。
そんなヒュノの動揺の激しさから分かる通り、その怪物は有り得ない存在だった。最早その名は千年前の伝説の文献に記されている程。
かつての人々に生きた災害とさえ言わしめた邪竜の一角。
「そ、大地の支配者『ナズバギア』や。ちょーっとばかしやり過ぎ感があるんは否めへんけど、あの有名な邪竜殺しの英雄さんが居るんなら丁度いい時間稼ぎになるやろ」
そう語る少女の腕にはいつの間にか赤髪のエルフの女性が抱えられていた。
しかしそれを見咎めている余裕は既にヒュノには無く、頭にあるのはどうやってあの怪獣を仕留めるかという算段だけ。
もしこの怪物が結界より出て来てしまったら……まあ本物の王都にはエイナや三英雄達が居るので壊滅とは行かないだろうが、全くの無事とも行くまい。
別に怪物はここから出れないかもしれないし、それは結局『もしも』の話でしか無いが、切り捨てて少女を追うにはその『もしも』が起こった時の被害が大き過ぎる。
先程の少女の言葉の通り、ヒュノにはこの怪物を放っておく事が出来ないのだ。
「これをここで出すんは最初の計画とちゃうんやけどな。ま、目的に支障は無いからエエわ。
ほな、そういう事で」
少女は女性を抱えて門の方まで歩いて行く。
しかし突如歩みを止め、くるりとこちらへ振り返った。
「そうそう。名乗るん忘れてたな。
ウチの名前はヘルネア。教団【ブレイヴライヴ】の第五席『ヘルネア・パストペスト』や。以後よろしゅう」
言い終えると、少女は夜闇に消えていった。が、その事に意識を傾ける余裕も最早無い。
『グルルルルォオオオオォオオオオ!!』
再度邪竜が咆哮を上げ、暴れ出した。
「むぅ、どうしましょうか」
案外緊張感の無い様子のヒュノだが、状況はかつてないほどに最悪で、邪竜の暴威は凄まじいの一言に尽きた。
叫ぶだけで大地が揺れる。歩くだけで土地が平されて行く。その圧倒的な規模を誇る巨体だけで厄介だ。
しかし邪竜が、千年もの間人の記憶から風化しなかった災厄がその程度の訳がない。
「邪竜は魔術を扱うはず」
その巨大な体に宿る魔力が当然少ないはずもなく、魔術だって当たり前のように強力だ。
現に今、邪竜は王城を触れることなく粉砕し、広大な更地にしてしまった。
「あはは、あんなのが王都に現れたらと思うと寒気がしますね。あんなのどうやって倒したんですか。
ねえ、ハルカ?」
「それここで聞かれても困るんだけど」
茶化すようなヒュノの問いかけに対する返答はすぐ隣から帰ってきた。
「悪い。治療間に合わなかった所為で逃しちまった」
いつの間にか横に立っていたハルカ。服に空いた穴から覗く腹部にはもう傷など見当たらず、完全に塞がってしまっていた。
「いえ、あの傷なら仕方ないでしょう。というか普通に即死しておかしくない致命傷だったと思うんですけど、もう治ったんですか?」
「頑張った。けどやっぱ俺才能無えわ。ケトスなら多分2秒で治せるし」
「比べる相手がおかしい事にいい加減あなたは気づいてください。それで、戦えそうですか?」
「ん、全快とは言わんが戦う分には全然大丈夫そうだ」
平気である事を訴えるようにハルカは軽やかに肩を回す。
それを見てヒュノも安堵したように頷いた。
「では作戦会議と行きましょう。どうやって倒します?アレ」
「どうやって、つってもなあ。アレに小細工とか通じるか?」
「逆にアレを力技で倒せると思うんですか?
というか前に戦った時はどうしたんです?」
「だからそれを俺に聞くなっての。何度も言うがあの時は俺はトドメを刺しただけだ。あのテレイルの部隊が総動員して死人出てんだぞ?瀕死に追い込む事にさえ」
「エルシードさんも居て、ですか?」
「そうだ。ま、そん時はテレイル本人が帝国兵の軍勢相手に一騎当千してる途中で居なかったんだけどな」
ハルカが以前に邪竜と遭遇した時、味方には『聖衛部隊』と(最近)呼ばれる(ようになった)聖国最高クラスの戦力があった。
聖国とは聖女リマの故郷である国で、その勢力は世界最大と呼ばれる帝国と並ぶほど。
テレイルはその国の騎士で、『聖衛部隊』というのはそもそもテレイルが指揮を執っていた部隊なのだ。
噂が一人歩きしていつの間にか部外者であるはずのエルシードとハルカが部隊の隊長という事になっていたりするが。
さてそんな集団がそこらの雑兵と同じ存在であるはずがない。しかしそんな部隊をかつての邪竜は半壊まで追い込んだ。
それはつまり邪竜が大国の最高戦力を凌ぎうるという事。
邪竜というのはそれほどまでに規格外の存在なのだ。
「……どうするんですかそんなの」
「どうしようも無いだろ。外からの援軍も期待出来ない訳だし、当たって砕けるだけだ。
幸い、人が居ないから巻き込む心配もないしな」
「……はあ」
ヤケクソ気味に笑うハルカにまた一つため息をつかヒュノ。二人はある程度連携を示し合わせた後、暴れる邪竜を見据えた。
◇
『グルルルルァアアアアアアアアアア!!』
人の居ない偽物の王都で邪竜『ナズバギア』は叫びながらただ破壊行為を続ける。まるで子供がおもちゃで遊ぶように、あるいは癇癪を起こして当たり散らすように。
しかし一方で、災厄そのものであるナズバギアは壊すだけで屠るものの無いことに物足りなさを感じていた。
そこで初めてナズバギアは周囲を伺う。千年前、封印される前にたくさん屠った生物を探す為に。
そして、見つけた。
「こっち向けデカブツ」
直後、ナズバギアはその頭部に凄まじい衝撃が叩きつけられた。
その巨体が、一度たたらを踏んだ。しかし災害の名は伊達ではない。やがて何事も無かったかのように持ち直すと、その衝撃の元凶を睨みつける。
それが居たのは顔のすぐ真横、時計塔の上に立つ一人の人間だった。
「よお、良い夜だなファンタジーの権化め」
言いながら、人間、ハルカはその睥睨を受けると獰猛に、そしてどこか挑戦的に笑って見せた。
「来いよ。相手してやる」
『ゴギャアアアアアアアアア!!!』
応じるように吠え、ナズバギアは目の前の人間と対峙した。
◇
「そら喰らえっ!『矢』」
叫びながら手を振り下ろすと共に、数百にも上る光の矢がナズバギアの頭部目掛けて一斉に降り注ぐ。
それらが深々と突き刺さる直前、ナズバギアは大きく咆哮を上げた。
『ガルルルォオオオオ!』
すると矢はロウソクの火が一息で搔き消えるかのように霧散する。
「うっはマジかよ。今の、王国軍纏めて吹き飛ばせるくらい本気だったんだけどな」
顔を引きつらせて苦笑するハルカに、ナズバギアは御構い無しとばかりに前足を振り上げた。
「やっべ、コレ避けきれねえな」
その巨体に似合わぬ程に動作は素早く、天高く振り上げられたのを認識した頃に、既に足は鈍い風切り音を立てて迫って来ていた。
わずかに反応が遅れたハルカは早々に回避を諦め、魔術を行使した。
「『角』ォ!」
叫んだ直後、ハルカの右腕が巨大な角のような形状へと変質する。
その腕を前に出してハルカは防御姿勢をとった。
しかしその、最早ビルと遜色ない程に巨大な質量を防ぎきれるはずもなく、ハルカは勢いよく地面へと叩きつけられた。
「かッッはッッァッ……!」
内臓がカクテルのようにシェイクされる感覚に、意識が飛びそうになるハルカ。しかし膝をつく寸前で踏み止まると、よろよろと構えた。
ナズバギアは警戒を解く事なくその様子を見つめていた。
そして未だ尽きないハルカの戦意を確認すると、一つ短く吠えた。
『グルァア!』
直後、ハルカの立っていた辺りの地面に大穴が空いた。まるで、重い何かで押し潰したかのように。
しかし既にそこにハルカの姿はない。もちろん潰れて見えなくなったという訳ではない。
「『刃』」
ふと背後より聞こえた声。
それに反応して振り向こうとするが、その前に八つの大きな刃が自分を取り囲んでいる事に気がついた。空中に立ち並んだ刃は、中心へと閉じるようにしてナズバギアの巨大な体躯を切り刻んだ。
それを見てハルカは安堵したように笑みを浮かべた。
「やっと攻撃が通った。っていうかここまでやってちょっと深く切りつけた程度の傷にしかならないのかよ」
『ギュガアアアアアアアア!!』
劈くような叫び声が上がる。それは、自慢の鱗を貫いて体を斬りつけられた事への怒号であり、その苦痛に対する悲鳴。
直後、まるで叫び声が威力を得たかの如く、ナズバギアの周辺にあったものが一瞬にして圧し潰される。
「なるほど。こいつの魔術、重力操ってんのか。
大空の支配者って呼ばれてたネルガドスは天候操ってたから、さしずめこいつは大地の支配者ってトコか?」
出来上がった更地を眺めながら、一人納得の声を出すハルカ。しみじみとした声色にはどこか余裕が見られた。
「それにしても、コイツらの魔術って全部こんなに反則くせえのかな。
なんの小細工も無い癖して魔力だけはあるから威力ばっかりえげつねえ。それを、こうも本能のままにバカスカぶっ放されたら近づけねえんだよな。
それこそーーー魔力が視えでもしない限り」
直後、銀色の閃光が一筋走る。かと思えば、次にハルカが見たのは根元から斬り落とされた竜の尾が地響き立てて地に沈む光景だった。
閃光は一度では止まず、後ろ足を駆け上がっては鱗など御構い無しに次々と裂け目を刻んでいく。裂け目からは少し間を空けて一斉におびただしい量の血が吹き出した。
閃光の正体は刃による斬撃だ。ヒュノはひとしきり斬撃を浴びせるとすぐ側にあった外壁の上に飛び乗る。
その腰元には細身の片刃剣が鞘に納められていた。
『グギュゥウグギュゥウグギュガアアアアアアア!!』
苦悶を叫びながら、ナズバギアはヒュノを睨み付ける。
そして先程と同じように右足を爪をむき出しにしながら振り上げた。しかしその時には既に、ヒュノはその前足を切り刻んでしまっていた。
血みどろになった前足が振り下ろされる事はなく、ゆっくりと力なく下された。
「疾っっっっや。流石『銀閃』の名は伊達じゃないな」
一瞬にして傷だらけになったナズバギアを見て、ハルカは自身の同僚の異常なまでの頼もしさに何度目かも分からない戦慄を浮かべる。
「さて、奴さん完全にこっちの事忘れてるっぽいからそろそろ俺が決めますか」
そう言うとハルカは満身創痍の竜を見つめ、一つ呟いた。
「『天罰』」
直後、極大な闇が夜空より降り注ぎ、ナズバギアを丸々呑み込んだ。
次回あたりでひと段落の予定。
閑話を急いで書き直してるのでもしかしたら本編の三部を先に投稿して二部と三部の間に閑話を入れる形になるかも。




