十八話 勇者十六夜の憂鬱①
遅くなりました。
今回はちょっと時間を遡って、ハルカが襲われた日の十六夜視点になります。
視点・十六夜 来ノ未
「学生寮、ですか?」
私達の中から誰かがそう聞き返すのを聞いて、王座で踏ん反り返っている国王は鷹揚に頷いた。
「ああ。今日から諸君らにはそこで寝泊まりしてもらう。
いちいち城を出入りして学院に通うのは目立つのでな。
道中に勇者の威光にあやかって余計な事を企む連中も居らんとは限らんし、兎にも角にも面倒事がついてまわる。
その点、寮から学院までの道は学院生以外交通が制限されており、学院までの距離も近い」
つらつらとカンペを読み上げるように長い説明を述べる国王。
言っていることは何一つ間違っておらず、突っ込みどころも特にはないのだが、誰がその原稿を考えたのかと思わず気にしてしまう。けどそれもその腹芸の下手そうな棒読みを見れば仕方ないと思う。
と、まあそれは良いとして、今日から寮での生活が始まるらしい。
そもそも寮というシステムが存在する事に驚いたが、平民でも入れる教育機関がある時点でこの国の教育に対する認識は近代に迫る。
中世レベルの文明と誰か(多分男子)が言っていたが、恐らくそんなことは全然ない。電気や機械がないこの世界だが、不便だとか劣っているとか、そんな風に見下して考えるのは止めた方が良さそうだ。
ちなみに今までは城の客室で寝泊まりし、食事も学院の食堂を除けばずっとここで摂っていたのだが、さっき王様が言った通り実は色々と面倒くさい。
城内ではメイドさんとか兵士さんとか、人とすれ違う度に恭しく頭を下げられ、外では好奇や情景などの熱視線がどこに居ても四方八方から刺さる。
先週まで民主主義国家に居たこちらとしては肩身が狭いのだ。一部の馬鹿な男子達はすっかり舞い上がってしまっているが、この状況の中そんなに楽観視出来る訳も無く、勇者という肩書きにはただ疲れるばかり。
と言った次第で、私としては城を出るのは嬉しいのだ。
部屋のベッドの寝心地と別れるのは名残惜しいが、寮の部屋の家具もそれなりに良い物を用意してくれるらしいのでそこまで気にならない。
さよなら、ふかふかのベッド。
◇
「コノ……十六夜さん」
教室を出ようと席を立った私に、後ろから呼び止める声が一つ。
懐かしい呼び名が、しかし直ぐに言い直されてしまった事に寂しさを感じながらも、笑顔を繕って振り返る。
「なに?風雨花ちゃん」
「その、あの人の事、なんだけど」
たどたどしい口調で伝えようとしているそれは、『あの少年』についてだろう。
というか彼女の視線がチラチラと教室の端に向けられている事からそれ以外に考えられない。その視線を追うと、教室の端には金髪碧眼の美しい少女と、そしてその隣には黒髪の少年の姿。
普通はあの顔の整った金髪の少女に目が行くのだろうが、私達の興味は専らその隣で気怠げに返事を返している黒髪の少年の方にあった。
別に黒髪と黒目が理由という訳ではない。いやそれも理由ではある。確かに私達と同じ特徴を持つという点で色々と気になるし、それが珍しいとなれば尚更だ。
しかしそうではない。私達が気になっているのはもっと個人的なところ。
かつて私には幼馴染が居た。
生まれた時から家が隣で、幼い頃からずっと仲の良かったとある姉弟。確か弟の方が私達の一つ上で、姉の方はその更に二つ上だった。
この、今目の前に居る未記風雨花はその姉弟の従妹で、昔は彼女も交えた四人でよく遊んだ。
そう、『遊んだ』だ。過去形で合っている。なにせその姉弟は二人揃って、五年前に姉の方が、四年前に弟の方が行方知れずとなってしまったからだ。
それから風雨花との仲もこの今日までの四年の間にすっかり疎遠になってしまった。
どうしていきなりこんな話をしているのかと問われれば、そこでさっきの話に繋がる。
教室の端で金髪の美少女と談笑している黒髪の少年。彼が、その幼馴染の弟の方とそっくりなのだ。それはもう、ずっと見てきた私達が本人と見紛うほどに。
「……ちょっと場所移そっか」
その提案に風雨花は一度チラと教室を見回して、気まずそうに頷いた。
勇者とは余程珍しいものらしく、さっきからこちらへの視線が凄い。友人と談笑しながら、あるいは課題に取り組みながら、しかしチラチラと向けられる好奇の目。隠してるつもりなのだろうがちっとも隠れていない。
これでは碌に話も出来ないので、それらを振り切るように私達は教室を後にした。
◇
それから私達が向かった先は学院の図書館。
下手な博物館より大きいこの建物に最初は大口開けて驚いたものの、来るのが四回目ともなればもう慣れた。
私はいつも通り奥にある椅子に、着いてきている風雨花は机を挟んで向かい合うように座った。
棚から取ってきた本を机に広げ、互いに何を話すでも無くただ黙々と読み始める。机に置かれているのは歴史書や魔術の教本など、賢そうな本ばかりだ。
場所が場所なだけに他の利用者も一度は好奇の視線を向けてくるものの、すぐに目を逸らし戻って行く。
ずっと無言で読み続ける事数分。
ふと前方から一つ、紙切れが机の上を滑るように飛んできた。
その飛んできた先、風雨花の方を見ると彼女の口が『読んで』と声を出す事なく動いた。
それに小さく頷いてその紙切れを広げる。
『あの人の事、十六夜さんはどう思う?』
書いてあったその内容は、さっきの話の続き。
ポケットからシャーペンとメモ帳を取り出し、返答を書く。
これらの他にハンカチなど制服のポケットに入れていたものは召喚された時に着いてきていた。女子力ってこんな時まで役に立つのか、と密かに苦笑した。
『黒髪の人の事だよね。私もびっくりしたけど、あの人は召喚された訳じゃないみたいだよ?』
聞けばあの召喚陣とか言う幾何学模様は私達を召喚するまで千年間も放置されていたらしい。
そしてあの少年は一年前からこの学院に居たとの事。
日本人と考えるには根拠が薄い。
そう伝えると、風雨花からはこう返ってきた。
『でも、従兄さんにあまりにも似過ぎてる』
そう。そこだ。四年前に行方不明になった彼女の従兄。
あの少年は彼で、なんらかの経緯があってここに居るのではないか?と私達は考えているのだ。
意見を交換すべく筆談を続ける。
『風雨花ちゃんは本人だって思う?』
『思う、というよりは、思いたいのかも。
けど、従兄さんは私達より一つ年上の筈』
行方不明になった彼は日本で私達よりも年上だった。
この学院は確執が生まれないようにする為同じ年の人間を同じ学年に固めている。
だから私も最初は年齢に矛盾が生まれるのではないかと考えたが、実はあの少年が彼本人だったとしてもこれは矛盾しない。
『確かにそうだけど、誕生日で考えると私と半年しか変わらない。
多分だけど、この国の一年の周期はあっちとズレてる。
瀬奈とかあっちで同じクラスだった子が何人か下の学年に行ってるし』
この国の、というかこの世界の時間の周期は地球とあまり変わらない。
天秤みたいな砂時計から計算して日が一回昇ってまた昇るまでには大体二十四時間離れていたし、季節もおよそ三百六十日周期なのだとか。
だが、その変わり目はズレていた。
私達が召喚される直前、といっても記憶が残っている限りだが、日本では正午を過ぎた辺りだった。
だが、呼び出された直後、こちらの時間は深夜、日の変わり目。そして何より、あっちでは十月中旬だったのに、こちらでは一年が新しく始まったばかり。
丁度半年くらいズレている。
その為、誕生日が九月の私や六月の風雨花はこちらでは彼とも同い年で、瀬奈は一つ年下という認識になる。
あの照倉が同い年というのは度し難いが。
『じゃあ、あの人はやっぱり従兄さん?』
『まだわかんないよ。名前もまだ知らないし』
話しかけようにもあの金髪の美少女が何故か威嚇してくるし、何よりその他の生徒の注目が邪魔だ。
なんとかならないものか。
◇
そんなこんなでその後。
風雨花は先に寮へ帰り、私はもうしばらく調べ物をしてから図書館を出た。
日はもう沈みかけていて薄暗い。
「門限、大丈夫かな」
方向音痴のきらいがある私は少し小走り気味に寮へ駆け出した。
◇
「迷った……」
案の定というべきか、私は道が分からなくなっていた。
初めての道なのだから仕方ないと言い訳を重ねながら、とにかく人を探す。
しばらく歩くと、賑わっている通りに出た。
テントを張って果物を売っている人や、鎧を着て腰に剣を提げている者など、色々な人が居る。
その物語の中のような光景に改めてここが日本ではないのだと実感する。
「すごい……」
お祭りのような賑わいに思わずそんな声がもれるが、今はあまり時間に余裕も無いのでとにかく声をかけられそうな人を探して道を聞こう。
「おう嬢ちゃん、学院の人みてえだが、ウチで買い物かい?
今日はニウの実がオススメだ」
「いえ、その、道に迷ってしまいまして。
学生寮って、どっちでしょう?」
そう尋ねると、商人のオジさんは噴き出すように笑い出した。
「ふはっ!ククッそうかそうか。アンタ新入生か。
だがこの辺まで来ちまうなんてよっぽどだぜ?
しかも寮ってなると今嬢ちゃんが丁度歩いて来た方向だ」
「えっ!?」
私の驚く様子を見てまた爆笑するオジさん。
ちょっと恥ずかしい。
「あの高い時計塔わかるか?あれの正面から右手に真っ直ぐ進みゃあ着く」
「ありがとうございます。じゃあそのニウの実?を三つください」
「……へえ。いやあ、アンタ面白えな。
銅貨三つのところ、二つに負けといてやろう」
感心したようにこちらを見つめるオジさんに城で手渡された金貨……をネムリア王女様に両替してもらった銅貨を手渡す。
「まいど! オッさん応援しとくから、勉強頑張りな」
「ありがとうございます」
少し弾んだ気持ちになりつつ、私は言われた通り時計塔まで歩き出した。
◇
その後時計塔まで小道をいくつか回りつつ進んでいると、少し開けた通りに出た。
小道を回る必要があったり、時計塔がまだいくつか建物を挟んだ向こう側にあるのは私が方向音痴だからだろうか。
しかしこの通りは見覚えがある。学院から城までの道だ。ここまで来ればもう迷わない。
ちなみにもう日は沈みきっていて、ちょっとやばい。
焦りを覚え、再び小走りになって進んでいると、突然目の前に人影が現れた。
あまりに突然だったので反応出来ず、避けきれない。
「きゃっ」
「うわっ」
結局ぶつかり、私に出来たのは転ばないよう踏ん張る事だけだった。
相手が尻餅をついたのを見て自分の方が重いのではと不安に駆られつつも、手を差し伸べる。
そして、こちらを見た相手の黒い目がこちらを向いた。
鼓動が早鐘を打ち、喉が狭まって息苦しくなる。
緊張しているのが自分でも分かったが、これは無理もないだろう。幼馴染とそっくりなあの少年が今目の前に居たのだから。
長くなったので二回に分けます。
ちなみにテストは死んでました。
あ、赤点は無いです。




