閑話・ハルカとヒュノの迷宮探索①
閑話スタートです。
・ハルカ視点
頭上から降り注ぐ溶岩。
亀裂が入る足元の氷床。
頰を掠める一筋の雷閃。
壁より吹き出す緑の酸。
それらに命を狙われてなお、死の運命から逃げるように俺たちは走っていた。
「ちょっ死ぬ死ぬ死ぬ!待って無理これ絶対無理!」
「うるさいです!そう思うなら黙って走って下さい!
『視る』のに集中できないでしょうがぁ!」
「次どっち!?」
「10歩先の真上にある穴!」
「あいよ掴まれ!」
止まった途端死ぬ。
そんな、絶対に生物が存在するのに適していない場所に何故俺たちが足を踏み入れているのだろうか。
その経緯を説明するには三日前の事から語らねばならない。
〜三日前〜
先月聖女の護衛任務をやっと終えて一月の休暇を満喫し終えた俺は、次の任務に呼び出されていた。
「迷宮探索ぅ?」
「はい。エイナさんから海底に見つかった迷宮を調査しろ。と」
本部に着くとそこに居たのはヒュノ。
いつもは纏め役であるエイナさんから言い渡されるのだが、既に別任務に取り掛かっているらしい。
「……って、は? 海底?」
「ええ。マーメイドの国から報告がありました。
あ、地下からでも入れますのでご心配なく」
マーメイドとは、肺呼吸とえら呼吸を備えた『海洋種族』の内、下半身が尾ひれになっている特徴を持つ種族の事だ。要するに人魚。
迷宮が海底に出来ることはまあ無くはない。
だが少ない上に危険度が低い傾向にある。魔力が溜まっても排出されやすいからだ。というのも海底火山としてだったり海水に溶けたりと、他にも地上より魔力の行き場が圧倒的に多い。
その為『鎖』が関わるほどの事なのかと思わず疑問が浮かんだ。
「ではそういう事ですので明日までに準備を」
「待て。近隣国にそんなに被害が出ているのか?」
「……挑んだ者は、実に100%の死亡率を誇ります。
ですが、まだ中から魔物が出て来たりとか環境の変化などの被害は報告されていません」
「つまり今の所放っておいて大丈夫そうだと」
「そうですね。
迷宮が結界に囲まれているので外への影響は殆ど無いと言って良い」
「ならなんで『鎖』までこの案件が回って来た?」
迷宮が危険である事はわかるし、確かにそれだけで異常と言える。
だが、それだけならば他にももうちょい調査を任せられる機関がある筈だ。
暗躍を理念とするウチが引き受けたのならば、それ相応の理由がないとおかしい。
調査が求められる段階で動くのは不自然だ。
そう思って問いかけると、ヒュノは苦笑し、恨みがましげに誰かに呟いた。
「……だからこの説明でハルカは誤魔化せないって言ったのに……。
ええ。あなたの想像通り今回の任務は調査ではありません。迷宮踏破です」
「……やっぱりか」
恐らく上の方は既に調査が必要ない程度にはこの状況を把握している。
「で、原因と思しき要因は?」
「……魔脈の集合地点に迷宮が出来たことです」
「それは、マジか」
魔脈の集合地点。
つまり辺り一帯の魔力が集まる場所。そんな所に出来たんだからそりゃあ危険な迷宮が生まれるだろう。
とはいえ、そんな事は珍しい。魔脈の集合地点と言えば、魔力の排出先だ。だから魔力が吸い込まれる。
そんな所に迷宮ができるということはそこに魔力が溜まってしまっている、つまり排出が上手くいっていないという事で、確かにそれは組織が動くに相応しい異常事態でもあった。が、いずれにせよ迷宮を踏破して最深部から魔力を取り除く必要がある事に変わりない。
……と、ヒュノの一言だけでここまで推察できる訳だが、彼女はそれを隠そうとしていた。
「お前、俺だけ帰した後で一人で後始末までやるつもりだったな?」
「うっ……」
気まずそうに目を逸らすヒュノ。
案の定だよ馬鹿野郎。
「一つ言っておく。馬鹿にするな」
「……本当に二、三年前まで一般人だったんですか?」
「一般人だよ。
少なくとも表向きは平和で平等で自由な国で、命の危険も知らずに教育だけ受けて生きてきた」
「ならきっとこの業界才能ありますよ」
そんな才能、使い所ないまま生きてたかったなあ。
今、現に助かってるんだけどさ。
「とにかく最後まで手伝うからな」
「……ええ。よろしくお願いします」
◇
そんなこんなで現在。
「なんで海底で落雷なんかが起こってんだよぉおおおおおおおおおおおってうわああああ!!?」
「こんな所まで着いて来るからですっ!
周りのマナラインの調査だけ済ませて帰っておけば良かったでしょう!」
「ならお前一人でこんな所攻略するつもりだったってのか!?
尚更置いていけるかっていうか今更帰れねえよ!
って今雷腕に掠った痛ってぇえええ!!」
「良いから黙って走って!」
「うるせえ痛いもんは痛いんだよ!あーでも痺れて感覚なくなって来たしいっかあっははもう何言ってんのかも分かんねえわーあっはっはっはっはっは!」
「もう本当に黙ってて下さい!」
俺は壊れたように笑いながら、ヒュノは半べそをかきながらもこの第二層を駆け抜ける。
辺りにはさながらスコールの如く雷が降り注いでいる。
一般的な迷宮は石造りの遺跡だったり岩肌の洞窟だったりと形状が似通っていて、中には大体トラップや魔物やらで溢れている。しかしこの迷宮においては全く違っていた。
トラップに引っかかるまでもなく環境が真っ先に殺しに来てるし、少なくともここまでは魔物も居ない。
というか湧いたとしても生き延びられないだろう。
他の迷宮との差異は今のところこんな感じだ。
一階層と比べるのであれば、ここ、二階層では溶岩とか毒ガスが無くなった分、雷が酷くなった。
壁から壁に、地面から天井にと真空放電が起こりまくっていて、竜の巣の中を走り回っている感覚だ。
飛行石あっても意味無いけど。
◇
「ぜぇっぜぇっぜっはあっはあっひゅーっひゅーっ」
「はっ、はっ、はっ、けほっけほけほ、こほっ」
雷の降りしきる二階層を走り抜け、三階層に辿り着くと、俺はだらしなく過呼吸を起こし、ヒュノは息を整えようとして可愛らしく咳き込んで座り込む。
互いに死ぬ一歩手前に見えるが、先程の止まれば即死だった場所よりは安全な場所についた証拠だ。
辺りを見回すと、眼前に広がるは森林。
見上げるとかなり遠くに青空のような天井が広がっており、陽光にも似た白い光源がある。
パッと見地上と変わりない光景。
それが三階層には広がっていた。
しかし驚く余裕も無く、ただ先程よりは安全な空間に安堵していた。
「あた、りの、魔力っ、反応はっ?」
呼吸がまだ整っていないが、それでも確認の為に尋ねておく。
「コホッコホッ、コホン。……ふう。
大丈夫そうです。森の中にはヤバそうなのが居ますが、出て来る様子もありません」
「はあッはあッ……はあ。そうか、やっぱあの中には魔物が居るのか」
「生態系が出来てしまっていますからね。
あの中を進むなら植物の方にさえ注意が必要になりそうです」
「じゃあさっきよりはマシだと願って、進むか」
そんなフラグめいた事を言いながら森林へと足を踏み入れた。
◇
結論から言うと、全然マシでもなんでもなかった。
体長十メートルはある大木がクソ硬い触手みたいな根っこを叩きつけて来たり、ヒュノが強い幻覚作用のある鱗粉吸って使い物にならなくなったり、そんな中で巨大な蜂が牙をガチガチと噛み合わせながら噛み付いて来たり、普通に何度か死にかけた。
そして今も、一人では立とうとさえしないヒュノを負ぶりながらでっかいカブト虫三匹と交戦している。
「ハルカ〜背中大っきいですね〜。抱きしめて欲しくなります。
あ、心臓トクトクしててあったかいです♡」
アホになったヒュノが背中でうるさい。
しかしそれに文句を言う暇もなく、1トンはありそうなカブト虫達が質量に見合わぬ猛突進を、しかも時間差で放ってくる。
三匹とも連携取れてる上に地響きまで起こすから心底避けにくい。
しかもめっちゃ硬いから迎撃しようにも簡単な魔術だと怯みもしない。
「っそ喰らえ! 『矢』!」
数十本の光の矢が、中央の一匹目掛けて炸裂する。が、甲殻の表面を傷つける程度の効果しかない。
コレ、帝国の城壁に簡単に穴空くんだけどなあ。
やはり少しも堪えていないようで、少しも勢いを弱めること無くカブト虫は突撃して来た。
「ああもう硬いんだよ!」
悪態をつきながらも、突進を三つとも、木の幹を駆け上がったりして躱し、再び睨み合う。
「もういっちょ『矢』」
再び光の矢を、先程の十倍の規模で放つ。
結構後先を顧みない本気だが、その甲斐あって今度は有効打を与えられたようだ。
三匹とも甲殻に一つ穴が空いており、そこから体液が流れ出ていた。突進も今度は幾分か弱々しい。楽々回避出来た。
「コレで終わってくれ。『毒針』」
空いた傷目掛けて、今度は紫色の矢を数本放つ。
それらは甲殻に遮られることなく易々と突き刺さった。
カブト虫達はしばらくそのダメージに踠いていたが、先程の魔術に込めた呪術が効き始めたのか徐々に動きが緩慢になっていき、やがて絶命した。
「はあ……カブト虫強っ!」
下手すれば一匹でドラゴンより強かった。
後一匹居たらもっと目立つ魔術まで使わないと勝てなかっただろう。そんな事したらさっきの蜂とかに居場所がバレるので極力控えたかったが、これから先、そうも言ってられないかもしれない。
「ハルカの髪、ふわふわしてていい匂いです〜」
……こいつが復活しない限り。
しかし結局、ヒュノが回復したのは森を抜けた後で、俺は一人で森を走り回る羽目になり、お陰で左腕の骨とかが何本か折れた。
一応治したからいいけど。
その後、我に返ってしばらく悶えていたヒュノの復活を待ちながら、また一つ下の階層へと潜った。
戦闘描写がどうしても書きたかったんです。
十話まで書いて二回しか戦闘書いてない事に気付き戦慄しました。




