‐‐ナモン(3)‐‐
ナモンは目を開いた時、不覚にも自分が深い眠りについていたことに気付いた。
そろそろ本当に空腹の限界が来そうだった。食糧を調達するため、ナイフとマッチの位置を確認し、裸足になって襲撃の支度を整える。ナイフもマッチも、両親と三人で暮らしていた時の根城に残されていたものだった。ナイフは刃が欠け、マッチも残り数本だった。それらもそろそろ別のものに取り換えなければならない。
ナモンは必要なものだけもって立ち上がり、忍び足で影の世界を歩み始めた。
時折、頭上から人のものとは思えない金切り声が響く。喰われた後らしい人骨も何度かまたいだ。
同類はすぐに見つかった。遠くに赤い明かりが点っている。人肉の焼ける鼻をつく匂いが漂ってくる。滑稽なことに、仲間ではないとはいえ、同類が同類を食べているのは、まさに野獣の共食いと言えた。
人影の背後を取り、息を潜めて様子を窺う。まだ十歳の子供で小柄なナモンは、一度も襲撃をかわされたことはなかった。目的をもって生きる人間は、拠り所がなくとも、力を身につける術を自分で見つけ出すものだった。
火の前で人肉をむさぼり食らう同類の女は、ナモンが真後ろまで来てナイフを振りかざしても、気付かなかった。
ナイフは女の頸動脈を裂いた。血を噴出しながら、女はぶらんと筋肉が弛緩したように横に倒れた。
ナモンは周囲の気配に警戒しながら、女の身体を細かく切り分け、女が焚いた火で焼いた。女の肉は少し酸っぱかった。
腹をあらかた満たすと、女の所持品の中からナイフとマッチを見つけ出した。マッチは数本ほどで、ナイフの質もあまりいいとは言えなかったが、ナモンの今もっているものよりはましだろうと思い、それぞれ頂戴した。
「殺人強盗か。万死に値する重罪だな」
ナモンは固まった。気付かぬうちに背後を取られたからではなかった。本能的に、その声の主が誰か認識していたからだった。身体が熱を帯び、激しい興奮を覚えた。
「……太陽の王か?」
ナモンは相手に背を向けたまま尋ねた。
「いかにも」
王は悠然とした口調で認めた。
「しかし長いこと生きてきたが、初めて見るな。それが第六感というやつか。僕は君と会ったことがないはずだからな」
ナモンの意識は少しずつ遠ざかっていった。それはどこか懐かしい感覚だった。身体が熱くなる代わりに、思考がままならなくなってくる。
――これは、あの時と同じだ。
ナモンが思い出したのは、黒い魔女と死の騎士に対峙した時の感覚だった。今まで思い出せずにいたあの時の行動が、突然鮮明に蘇ってきた。ぼんやりとした頭で、その行動を習うようにまねて実行しようとした。
だが、振り向いた瞬間、王は全部で十人いた。十人すべての口が同時にまったく同じように動いた。
「君が僕を殺そうとしていたのは、あらかじめサリーナに占ってもらって知っていた。さあ、これでも君は僕を殺せるかな?」
ナモンは素早い身のこなしで王たちに向かって走り込んだが、触れた瞬間姿は消えてしまった。
「僕を殺そうなんて一万年早いんだ。今の君には無理だよ」
一人減っても、王の言葉のかぶさるような不愉快な聞こえ方は変わらなかった。
「それより、僕がこんなところまで直に足を運んだのは、君のことをスカウトしにきたからなんだ。僕は力のある者を見出すのが得意でね。どうだい、王宮で働かないか? 中官の地位が待っているぞ」
実にあっさりした質問に聞こえた。王が若い男の姿で、口調もそれに見合ったものだったからかもしれない。
ナモンは九人の王を代わる代わる見つめたが、区別がまるでつかなかった。魔法だということは察せられたが、自由街で生きてきた人間に、魔法に関する知識は皆無であるため、どう対応すればいいのか見当もつかなかった。
ナモンが黙っていると、王は噛んで含めるようにゆっくりと言った。
「僕は、君に返事を求めているんだけど?」
九人の王の顔つきは柔らかいままだったが、言外に含まれた彼の意思は笑ってはいないということが、全身にぞくぞくと感じられた。都合よく事を進めようとする態度は、まるで永年自分の国を治め続けてきた絶対的な王のようでもあった。
「時間はあまりないんだ」
王の言葉が終わると同時に、ナモンは自分の胸から太い槍が突き出ているのに気付いた。いつ貫かれたのか、いつからこの状態だったのかもわからない。服の上を生温かい血がとくとくと流れ落ちていく。
視界が白くなって息が止まり、胸がはち切れそうな激痛でそのまま前に倒れる。だが、頭を打った時には、身体に刺さった槍も血も、まるで最初からなかったかのように消えていた。
何が起こったのかは理解できなくても、それが王の仕業であることは明白だった。ナモンは力量の違いを悟り、歯を食いしばった。倒れたまま静かに口を開く。
「……僕は……王宮で仕事をするのか?」
九人の王は一同に笑い始めた。時間がないと言っていたわりには、人を食ったような悠々とした笑いだった。笑いがやっとのことで収まると、小ばかにする口調で言った。
「もちろんさ。だから、王宮に仕えれば、君はいつでも僕の命を狙えるということさ」
ナモンは王の言葉を噛みしめた。
――いつでも、王の命を狙える……
力量の差は歴然としていたが、それが願ってもない話であることに変わりはなかった。ナモンは意を固めた。
「わかった」
――必ずお前を殺してやる。




