‐‐ヴァイス(1)‐‐
死の砂漠の中央に位置する太陽の王国より、砂漠を二百キロ東へ横断した先に、オアシスとなる小さな街がある。そこからさらに三百キロ東進し続けると、砂塵でぼやけた視界の正面に突如として、誰もが幻かと見まがうような大密林――〈大いなる森〉が姿を見せる。
大いなる森は、南北に千キロ以上続き、砂漠との境界から四百キロ東には、エメラルド色の大海原を臨んでいる。大いなる森を成す一本一本の木が、森の住人である多種多様な生物たちによって大事に願いたてまつられて育てられ、神秘の力を宿している、と森の住人たちの間では信じられている。砂漠の境界付近の灼熱に触れている木々は、砂漠化の影響で森が侵食されていた間、長い年月をかけて進化していたものの集まりで、以東の木々を上回る神聖さを携え、熱を吸収して上空へ放出する働きが格段に増長した。そのため、今の森の内部環境は、双太陽の影響をほとんど受けていない。砂漠との境界の木々は、大いなる森を覆う神聖な自然の結界とも言えた。
双太陽による地表の砂漠化、及び気温の上昇から数千年もの間自らを堅守し、消失に至らず保持することができているのは、今ではこの大いなる森のみとなっている。太陽の王国を中心に砂漠が拡大する前の大昔は、現在砂漠がのさばっている王国周辺の土地に、まだまばらに森が散在していた。しかし、いつしか王国上空に静止し続ける偽太陽が現れ、双太陽による灼熱が大地を焦がし始めた。王国の周囲に散在していた森は急速に衰退するようになり、消失する前に王の計らいにより、オアシスとして形を変え、現在まで残存している。
時は太陽の王が老衰により死去する一週間ほど前。
その日も死の砂漠は、吸収した熱を煩わしそうに大気に放出していた。
大いなる森の西口の一つから、武器を携えた数人の男女が意気揚々と姿を現した。これから何か一興行われるかのような勢いだった。共通している彼らの特徴は、砂漠の業火にも焼けないようなむき出しの褐色の肌と、彫りの深い黒くくすんだ目もと、そして腰まで垂らした鮮やかな紅色の長髪。
三人の男たちの身体は全員優に二メートルを超え、むき出しの上半身は、鋼の鎧をまとっているよりも強靱そうな筋肉に守られている。腰から膝にかけて、薄い何枚もの白い布を緩く重ねて巻きつけ、腰あたりの紐で留めている。手中の武器はそれぞれの背丈に見合った巨大なもので、二人は太いツルの弓をもって、背中に矢筒を取りつけている。一人は黒い刃先をツルで固定した簡易な槍を、指の間に挟んでもてあそんでいる。紅一点の女性は、男たちより頭一つ分小柄だったが、それでも二メートル級の長身だった。身体は細くしなやかで、いかにも俊敏に動けそうな筋肉の付き方をしている。男たちと同じように肩から膝にかけて白い布を巻き、二人の男と同じ弓と矢筒を携えている。一切まとめたり飾ったりしない男たちとは違い、頭部の横の髪を一房だけ白い布でまとめて両肩の前に垂らしている。
「よっしゃ! 今日こそサラムの隊を負かしてやろうぜ」
そう言って勢い込んだのは、この小隊でただ一人の女性だった。
男の一人が気の抜けたような声を発した。
「別にサラムは敵じゃないだろ。いいじゃん、族長の孫のサラムが一族の中で最も秀でている、ってことで」
「何言ってるんだ、ヴァイス。競争意識は己を高めるのには必要不可欠だろう」
女は強気で言い返した。
一番図体のでかい男が振り返って頷く。
「そうだな。族長の孫かどうかは関係ない」
「はっはっは! それって嫉妬? まあ、確かに俺たちの族長に求められる資質は力の強さだけだけど。力が一族を率いる」
あいの手を入れた男は、男の中では筋肉が締まっている方だった。
どうやら、小隊であまりやる気を見せていないのはヴァイスと呼ばれた男ただ一人のようだった。
一行は双太陽に熱せられた砂の上を、他の部位より一層黒くくすんだ素足で平然と歩き出した。
無風で砂塵の舞っていない清らかな青空を眺めながら、ヴァイスが気だるそうに口を開いた。
「念頭に置いてなさそうだから言っとくが、双太陽の下で砂漠に出ていられる時間はせいぜい三時間だからな。格好の獲物が見つからなくてもちゃんと引き返すんだぞ」
彼らの返事は雑で曖昧だった。槍をもった筋肉の締まった男に至っては、無視して砂中に槍を突っ込み、黒い光沢を放つサソリを獲っていた。
――お前ら、絶対俺より早く死ぬな……日焼けで。
彼らの槍や矢にそれぞれ十数匹のサソリが串刺しになった頃、女が「おい!」と叫んで遠くの空を指差した。
「あれ、初めて見るけど、かなりでかいよな」
全員がタカのように鋭い目で、女の指の延長線上の物体を睨んだ。ヘビのように細長い白い胴体に、二本の短い足がつき、エメラルド色の鱗に覆われた硬そうな翼が生えている。
彼らはさらに集中して謎の物体に焦点を合わせた。最も凶暴そうな頭部には、猫のように細いひとみ、獰猛な哺乳類のものにも似た鋭い犬歯が窺える。
「あれは……竜か?」
最も巨躯の男がいぶかしげに呟く。
だが、すぐに女が否定した。
「いや、それにしては形がいびつだ。たぶん、キメラだろう」
「えー、じゃあ人造ってことは、せっかく獲っても中身が空っぽかもしれないってこと? あいつ獲るにはどう考えても髪を使わなきゃいけないよね。それだけのリスクを背負う必要あるか?」
ヴァイスが確信しているような口調で口を挟んだ。
「あれは確かにキメラだろうが、あの巨体で長時間飛んでいるとしたら、中身もしっかり詰まっていると思うぞ」
ヴァイスの言葉を聞き分けた女が、「あたしが獲ってくる」と言い置いてキメラに向かって走り出していた。足は砂に絡め取られないほどの高速回転をし、みるみる姿が小さくなっていく。身体の大きい男たちには、砂上であれほどまでのハイスピードを出すことは不可能だった。
それでも三人の男たちは、女を追いかけて全力で駆け出した。戦力的な心配は欠片ほどもなかったが、女が男たちを待たずして撃ち落としてしまうと、砂にこもった熱でキメラの身体が溶解してしまう恐れがあった。




