‐‐リーン(15)‐‐
広場の端っこのリーンたちがいたところも、すっかりきれいに掃除されていた。二つの看板も変わらず立っている。再び集まり始めた観客たちの前に、すでにショーを済ませた二人の女魔法使いの姿はなかった。中年の男一人と若い男二人が、すでに幕を取られたテントの中で椅子に腰かけている。
意外なことに、最終的に集まった観客の数は、ショーの前半よりも圧倒的に多かった。まだショーの本命を目にしていないことがそうさせるようだった。
司会の主催者がショーの再開を宣すると、歓声が沸き起こると共に、テントの中の三人の魔法使いが懐から仮面を取り出して顔に添えた。仮面は若干の違いこそあるが、三つとも道化師のようなおどけた表情をしている。歓声がどよめきに変わり始めたことから、観客の誰も、その仮面が意味するところを汲み取ることができずにいるようだった。
幕開けにテントから出てきたのは、二人の魔法使いだった。二人は仮面に見合ったおどけた仕草でお辞儀をした。そして二人は、無言のまま揃って両手を突き出し、同じように両手の間に細い雷の柱を発生させた。その魔法には芸があるとは言えず、まるで、二人が雷の魔法使いであることをただ観客に示しているだけのようだった。
「あれは二人ともライール様のお弟子さんだな」
やはりリーンの隣にいる下官の兵士が口を挟んだ。
リーンはアリサの、兵士がリーンを運んでくれたという話を思い出した。こんな人でも助けてくれたことには感謝するべきだろうと考える。
「あの……さっきは迷惑をかけました。運んでくれてありがとうございます」
「ったく、あらかじめ言っておいたのによう。次からは金貨一枚ちょうだいするぜ」
おざなりのような謝罪と、それに対する興ざめたような返事が交わされると、兵士もリーンも黙ってショーに集中した。
二人の雷の魔法使いは、まるで雨の受け皿にするように手を上に向け、大量の新聞紙を生み出して載せていた。彼らの身体の周囲には、黒い粒子が滞留している。
手で何とか掴めるくらいの厚さになると、唐突に新聞は上から一枚ずつ、真上に浮き始めていった。一番上から等間隔を保って紙の塔と化す。先ほど、雷の魔法を大衆の面前でわざわざ見せたことから、これが静電気によるものだと気付くのに、観客の誰もそれほど手間取らなかった。
新聞はやがて、一陣の風によって吹き上がり、散り散りになったかのように思われた。しかしすぐに空中で静止し、一枚ずつ弧を描くように動き始めて、円の形を取り始めた。二人の手の上の空中に、絶えず回り続ける新聞の大きな円が二つ形成された。
仮面をつけた二人の魔法使いは、目配せもしないままに、その二つの新聞紙の円を崩して互いに繋げ、八の字に変形してみせた。
歓声が上がり、観客たちは畏敬の念を込めて二人の魔法を見上げていた。
魔法使いたちは、それぞれ片手で八の字の新聞を維持したまま、もう片方の手で、観客の前方に光の球を二つずつ発生させた。光の球は、互いに反発して上下に離れ、電極になったように、球の間に連続的な小さな雷が発生するようになった。やがて雷の歪な線がいくつも合わさり、長い柱となる。しょっぱなに見せた魔法と同じ系統のようだった。その時と違うのは、雷の柱が次々と現れたことだった。雷の柱は、互いに一定の距離を保って広場中に数え切れないほど発生していた。それらの天に手を伸ばすように林立する塔の群は、空から光の雨が降っているような情景にも見えた。
大衆が口を閉ざしてこの幻想的な空間に目を奪われているのは、言うまでもなかった。
彼らの魔法はまだ終わりではなかった。
雷の柱が全て同時に動き出す。湾曲しながら定まった流れを作り、宙に浮く八の字の新聞とは動きが対象を為していた。
だが、そこで思わぬアクシデントが起こった。
とある雷の柱が八の字を描く新聞のそばを通った時、上側の光の球から発せられた雷が、下側の球から大きくそれ、新聞の束を貫いたのだった。
集中が切れたのか、新聞は今度こそ散り散りに舞い、雷の柱も全て消え去った。
幻想的な空間から強制的に退場させられた観客たちは、何が起こったのかと挙動が落ち着かない様子だった。
魔法使いの一人がもう一人の方を「お前だ」と咎めるように指差した。すぐに相手は弁明するように両手を振ったが、指差した方は観客の方に手をかざし、「彼らがやったとでも言うつもりか?」と言うように強くその手を振った。
あくまでも白を切り通そうとする一方に、もう一方は明らかに業を煮やしていた。
広場の空気が戦慄を覚えさせるものへ変貌を遂げていく。
無言の言い合いは間もなく力比べの争いへと発展し、二人は雷の魔法で互いに攻撃し始めた。広場中に雷の魔法が飛ぶ。リーンを含め、観客たちはいつ自分に飛来するかと気が気でなかった。
やがて戦いに拍車がかかり、相対する魔法使いたちの指先に、電気を溜め込んだ巨大な光の球が現れた。しかしその時、突如として二人の間に渦を巻く巨大な火柱が立ち上った。火の中から姿を現したのは、テントにいたはずの仮面の魔法使いだった。
彼は機敏な動きで両手を地面と平行に上げた。その指先が青白く光ったかと思った瞬間、争い合っていた二人の魔法使いの頭部を数個の鬼火のような青い炎が取り巻いた。
両者の光の球が消失すると同時に、青い炎もパッと消えた。
炎の魔法使いは、おどけた仕草でなだめるように手首を振り、二人の興奮を治めた。そのまま二人の魔法使いを引き寄せてそれぞれの手を取り、全てを水に流して友情を取り戻すように握手をさせる。そして右手を観客の前に差し出し、赤、青、薄緑、白といった色とりどりの巨大な火を宙に灯した。次いで左手の指を「パチン」と鳴らすと、どこからともなく巨大なケーキが現れた。ケーキの上の蝋燭が、ぴったり色とりどりの火の下に来ている。
まるで二人の仲直りを祝うようだった。
ようやく事情を察し始めた観客たちが、口々に祝いの言葉を投げかけ始めた。
争い合った雷の魔法使いたちは、腕を目もとに近付け、むせび泣くような仕草を見せた。それから胸に手を当て、炎の魔法使いと観客にそれぞれ一礼し、最後までおどけた態度を崩さずにショーの舞台から退場した。
炎の魔法使いはあからさまに大きく息を吐き、「これで一件落着」と腰に手を当てて頷いた。
そのまま観客の方に両手を突き出し、もっと興奮しろと促すように手首を下から上へと揺らした。
観客は相手の態度に分相応の歓声を上げて返した。
炎の魔法使いは満足するように万歳のポーズで頷く。
その手の十本の指先で「ボッ」と音がし、御霊を思わす淡い火の玉が出現した。すぐにそれらは七色に輝き始めた。十本の指を観客の方へ向け、一人一人の顔面すれすれに飛ばし回して操った。漏れなく観客全員に行き渡り、リーンとアリサの目の前も挑発するように揺れながら通った。
最後のショーの目玉は、等身大の人の形を得た炎たちによるパフォーマンスだった。炎の魔法使いによって地面から突如として現れた人型の炎は、まるで命が宿っているかのように広場を歩き回り、観客の隣に立ち、ひいては炎同士による殴る蹴るの戦いも行われた。炎と炎が接触するたびに、互いの身体から火炎が白っぽく変色して迸った。最後まで残った優秀な二人の炎の戦いは、広場中に七色の火の粉を振りまき、まさに圧巻の一言に尽きた。
観客の興奮も最高潮に達し、終わってからも広場の熱はしばらく冷めなかった。
ショーの閉幕に際して、雷の魔法使いたちも舞台に戻ってきた。三人の魔法使いが並んでおどけたお辞儀で締めくくり、三人の魔法使いが火柱に包まれて消えたところで、ショーは終幕を告げた。




