戦場
古井戸家や子狐家からの、引き抜きの使者が、送られてきている。条件も釣り上げられている。
シャーヒナから、使者については、放置して構わないとの連絡が来ている。何故か理由は、わからない。だが、あの女が動かぬ時は、すでに勝ち筋を掴んでいる時だ。
「やはり、俺には来ないな」
「ははは、なんじゃ、テントにこもっていたいのか?」サーミヤが笑う。
「いや、ところで、サーミヤお前の武器は何だ?」
彼女は怪訝な表情で、俺を見た。
「お主、わしが武器など持つわけ無いだろうが! たわけ!」
「いやいや、得意な魔法は何かと聞きたかったんだ」
「ふうん。そんなこと普通は、聞いちゃいかんし、教えんもんだが、お前とは、契りを結んどる。ハイエルフといえば『風』じゃ。お主は『土』じゃろう」
風は形を持たぬが、世界を削る。土は動かぬが、世界を支える。
どちらが強いかではない。
俺が驚いた顔をすると、頭を叩かれる。
「馬鹿たれ! 巨人が、土を使えんわけ無いだろう。古き我らの魔法は、奴らの魔術を遥かに凌ぐ。力を見せるのは、加減が必要だし、道具も無いと誤魔化せんぞ」
「ふふふ、じゃあ、サーミヤの武器に杖が必要だな」
俺の台詞に、彼女は、悔しがる。俺は、準備をしておいた、魔術具の杖を渡す。
「重いし、邪魔だな」
武器庫から借りてきた、大きな杖だ。一応、魔術具らしい。
「俺が背負ってくから。魔法を使う時だけ、手に持ってくれ!」
「仕方ないよう」
戦場となるだろう場所の下見に出かけた。闘技場からすこし鉱都よりに、土壁が看守や奴隷達によって作られている。
積み上げられた土は、ただの防壁ではない。ここで暮らす者たちの、最後の線だ。
「ご苦労様」彼らに声をかける。
「トルサン、いや、軍団長だな!」看守達が揶揄う。
彼らの中にも、剣闘士だったものも多い。多少盛りは超えているが、新人や剣闘士見習いよりも強いだろう。
剣闘士は、殆どのものが、冒険者になったり、外国の士官したりするが、中には、この地を気に入り、鉱都で士官したり、マーケットで店を持ったりする。
そして、闘技場を気に入ったものは、薄給なのに看守になる。元召使いを妻にして、子をなす。そんな幸せもある。彼らにとって、この地は国、そのものなのだ。
「ここから、先は行かせんよ」
その言葉と同時に、土壁の上に立つ兵の影が、夜の空に黒く並ぶ。逃げ場ではない。ここが境界だ。
「じゃあ、逃げてこれるな」
俺が冗談で言うが、
「ああ、トルサンは無理するなよ!」
と返されてしまった。
俺が、決して降参しない戦い方をしているという噂を知っているのだろう。実は全く、俺の命が危ないことは無いのだが。
千人であろうが万であろうが、俺の死は想像の外にある。それが傲慢なのかどうか、考えたこともない。
奴らと握手を交わして、俺は、テントに戻った。夜には、テントは全て片付けられて、非戦闘員は、地下に移動するらしい。
「トルサン様、気をつけて!」
ライラがテントを片付けしながら、涙ぐんで俺に抱きついてきた。
「安心しろ、俺が怪我したことなど無いだろう。俺には力がある」
俺は抱きしめた。
「わしもついておるぞ! ライラ」
サーミヤが言う。
「はい」
ライラが頷く。いつのまにか仲良くなっている。
俺が驚くと、
「ははは、一緒にしとねを寝た仲じゃ」
サーミヤの言葉に、ライラが微笑んだ。
※
月明かりの無い夜。暗闇の中で、動く。
星すら、息を潜めている。砂漠は音を殺し、戦だけを待っている。
しゅう、しゅうと、数匹の砂漠蜥蜴に引っ張られて砂の上を滑る船のようなおおぞり。それは、主に商人が商いに使う輸送用のそりだ。
今は、荷物の代わりに、多くの人が乗っている。泥人形のように、ぼっと立ち顔色は悪い。
生きているのに、生気がない。まるで、勝つ未来だけを与えられ、敗北という概念を奪われた駒のようだ。
わずかな砂の音は、風の音に消されて聞こえないとでも、思っているのだろうか?
それに、お互いの軍には、夜目のきく種族も、耳の良い種族も属しているのだ。
俺とカインは、作った防壁の上に立って、布陣される敵軍を見ている。
「やはり、戦だな。良かったな、カイン」
「ごめん、俺には見えないんだ。どれくらい敵はいる?」
「ああ、どんどん到着してきてるぞ。見たこともない数だぞ。ざっと、千はいるだろうな」
千。数ではなく、質量だ。砂丘が一つ増えたような圧だ。
三つ先の砂丘の上、岩盤のある場所に、敵の本営があるようだ。
その中央に、ひときわ高い旗影がある。風も無いのに、揺れて見えた。
カインの顔は明らかに青ざめていた。これから、何度か、輸送を繰り返すだろうから、当初想定していた数の最大だろう。
「シャーヒナ様に、報告してくるよ」
「ああ、そうしてくれ! それと全軍に準備もさせろ!」
「わかった」
闘技場の裏手から、看守が、剣闘士が、こちらに向かって走ってくる。
※
敵の最初の戦略は、まず、こちらの兵数を減らすことだった。結果としては、大失敗だ。まあ、俺としては、ある意味、想定外でもあった。まさか、これほど、闘技場に愛着を持った連中がいるとは思わなかったからだ。
「ここの奴隷で、シャーヒナ様を裏切る奴はいないよ」
最後の軍団長会議でみな口を揃えて言った。
それは命令ではない。誓いだ。奴隷紋よりも深く刻まれた誇りだ。
古井戸家や子狐家が結ぶ密約は、いくらテントにこもってるだけで高待遇と破格な条件であっても、受け入れ難いのが、剣闘士だ。
奴隷紋がある以上、闘技場に、シャーヒナに刃向かうことも出来ないが。
だいたい闘争心の低い者が、その地位にまで辿り着くことは無いからな。
次に、強い個人の力を増やす作戦。冒険者の勧誘だ。これも、ほぼ失敗したらしい。
カインからも情報を得たが、鉱都にいる冒険者は、闘技場出身者が多い。俺を指導してくれた冒険者達もそう話をしてくれてた。
「幾ら高給とはいえ、寝覚めが悪くなる。悪いが、この仕事は請け負えない」
元の仲間である看守や剣闘士になった後輩達と剣を交えたく無いからだ。
それではと、古井戸家や子狐家に士官している奴隷出身者には、強制的に参戦させる事が出来るが、本気では戦わないだろう。門番長のハリスのような、上級の剣闘士も複数いるはずだが。
「調略が上手くいかなかったから、力攻めできたんだろうな」
「そうだな」
つまり、俺たちを折るには、正面から砕くしかないと悟ったということだ。
日が登れば戦いが始まる。
だが、本当の戦はもう始まっている。
砂が、血の匂いを覚える前の、静かな呼吸の中で。
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