最後の日
カインの説明によると、古井戸と子狐の連合軍が攻めてくるのは、明後日以降だろうということだ。
「ちょうど今頃、古井戸家と子狐家の両家で会議をしている。明日夜、その両家で最終の話し合いが行われる。だから、早くて明後日の朝だ」
「……正面から来るなら、な」
俺は小さく付け足した。
「悠長だな」俺の感想だ。だが、他のみんなも同意していた。
「まあ、今日の会議の結果は、こちらに聞こえてくるよ。そうしたら、又、報告する」
「ところで、隼家の人間は大丈夫なのか? まだ、何人か残っていただろう?」
「脱出して来た者と、知人を頼って隠れた者達に別れています。知人というのは、元闘技場奴隷の者達です。兵士だったり、重要な町の仕事をしているものですから、大丈夫だよ。町を壊してまで得るものはないと、子狐家の中にもそう考える者は多い」
「そうか、それならいい」
※
今日は、頭を使い過ぎた。夕食後の一杯だけで眠くなってきた。
「考えるのは明日だ。もう寝る」
「じゃあ、また明日」
アミンとワッドがテントを出て行った。
闘技場周りの警備もいるらしいので、俺は安心して寝床に横になろうとして、寝る場所がないことに気がついた。
いつも俺とライラが寝ている寝床に、サーミヤがすでに横になっていた。
いや、本当は俺の寝床なのだが、朝起きるとライラが隣で寝ている。
ひとりで寝るのが怖いらしいので、好きにさせている。
だから、このテントにはもうひとつ、ライラの寝床がある。
「トルサン、早く横に来い! 一緒に寝よう!」
「サーミヤ様、塔に戻らないと皆様が心配されますよ」カインが言う。
「それなら、さっきワッドにしばらくここにいると言っておいた。それより、御主こそシャーヒナのところに行かんか!」
「シャーヒナ様には、副団長としてトルサンと共にいろと命じられましたから」
珍しく鼻息荒く、声が上ずっている。カインの嘘が珍しく俺にも見ぬけたが、俺は何も言わなかった。今は、それぞれが落ち着く場所にいればいい。
「じゃあ、サーミヤとライラはこの寝床で寝ろ! 俺はライラの寝床でカインと寝る」
ライラの寝床は俺の寝床の半分くらいの小さな寝床だが、しかたがない。何せ相手は、大呪術師様だ。
「え?」ライラは不満げだ。
「今日はサーミヤ様がいてくれる、安心して寝れるぞ!」
「えー」
「ライラ、策はある」
サーミヤは、ライラに小声で伝えていたようだが、俺にも聞き取れている。
俺が朝起きると、その小さな寝床に全員で寝ていた。
やけに重い。暑い。
サーミヤは俺の腕にしがみつき、カインは胸に顔を埋め、ライラは脚を抱えていた。
俺の寝床がなくなったどころか、俺自身が寝床になったらしい。
……だが、振り払う気にはなれなかった。
守るべきものは、もう俺の上にある。
※
前日に続き、皆で朝食を食べていると、カインがシャーヒナの使いに呼ばれて出て行った。
食料制限がある中、このテントだけは特別だと、アミンが食事を持ってきてくれたおかげで、俺は腹いっぱい食べることができた。
戻ってきたカインに、前日の古井戸家と子狐家の会議の様子を聞いた。
「まず、子狐家ですが、戦争なんてしたくないというのが本音のようです。町を壊してまで得るものはない、と」
「現状維持が望ましいんだろうな」
「問題は、古井戸家です。新しい当主が功績を残そうと、無理にでも戦争を仕掛けようとしているようです。父を超えるためなら、町一つ焼くことも厭わぬ男だと噂されています」
俺は黙って頷いた。争いを避けたい子狐家の意向を汲んでも、結局、古井戸家の力が全てを決める。
戦争を回避する方法は、シャーヒナの死と闘技場の運営権を握ることだろう。
だが、それは無理だ。そんな方法で守れる理想郷なら、最初から価値などない。
理想郷は、守るためにあるのではない。ここにいる連中が笑うためにある。
あいつらには、この理想郷を維持するつもりはない。
ただの自己利益を求めるための私闘が渦巻いている。
その感情を押しこめ、俺は軍団の練習に向かうことにした。
カインと合流して到着すると、四つの部隊に分かれて、ワッドの指導の下で訓練が始まっていた。
「この部隊は、はぐれ者、残り者。個性が揃っていると言えば、そうかもしれませんね」
「ああ、目指すのは、冒険者ってことだな」
「その通り。その方がトルサン、あなたの力も活かせるでしょう」
俺は指導していたワッドと簡単に打ち合った。さすが元上級冒険者、彼にも一癖がある。
その癖は、速さだ。
無駄な力が抜け、重い一撃が正確に届く。まるで、速さそのものを操っているかのような動きだ。
「闘技場なら、負けるかもしれんな」
戦いは見世物ではない。次に来るのは、本物だ。
ワッドの一撃を避けるために、集中力がいつも以上に試されているのを感じた。
「カインをしっかり守れ!」
「もちろん!」
ワッドは笑みを浮かべて頷いた。
「じゃあ、全員、練習はおしまいだ」
俺は声をかけた。これから起こるのは試合ではない。殺し合いだ。
「ワッド、ヒールポーションを配ってやれ!」
みんなが少しでも疲れを取ろうとする中、俺は心の中で思った。
これが、最後の一日かもしれない。
それでも、明日が来るなら、俺が迎え撃つ。俺がいる限り、この場所は奪わせない。
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