隼の紋章
俺に向けられる嘲る声を、聞こえないふりで受け流す。
「俺がトルサンだ。よろしく!」
あれ? いつの間にかサーミヤの姿がない。と思ったら、河原に腰を下ろし、こちらを眺めている。――戦え、ということか。
「それだけかよ!」
「おいおい、トルサン! しっかりやってくれよ!」
「ちょっと強いだけで、まだ子供だな」
「違いない。頭が足りないんじゃないか?」
小隊長である四人の剣闘士が、闘技場委員のワッドや、シャーヒナの付き人カイン――二人の副団長の顔色を窺いながら、遠慮がちに俺へ文句を並べる。しかも、かなり腰が引けている。
「おい、お前たち。遠慮しすぎだぞ! これから俺たちがやるのは殺し合いだ。
そんなに俺の考えが聞きたいなら教えてやろう。俺の部隊は突撃部隊を志望する。ワッドとカインには戦闘に参加せず、お前たちの監視をしてもらう。脱走兵は死罪だ」
好き勝手に騒いでいた団員たちが一斉に黙り込み、全員の視線が俺を射抜いた。
「なんだ、怖いのか? さっきまでの威勢はどうした?」
「……」
「お前たちが抱いているのは“死ぬ覚悟”だ。そんなものはいらない。必要なのは、死に物狂いで生き抜く覚悟だ。
今日は小隊長四人と、俺で殺し合いをする。よく見ておけ!」
「馬鹿にするな! トルサン、俺たち四人を相手にだと!」
俺はギガントブレイドをくるりと振る。刃が唸り、風が巻き起こる。
軍団の兵たちは、あんぐりと口を開けた。他の部隊からも何事かと視線が集まる。
「ああ、やはり良い剣だ。剣が鳴いている」
調子に乗った俺は、そのまま剣舞を披露する。刃が唸り、風がさらに荒れ、小さな竜巻が立ち上る。
「見たことがなかったか? これが俺の本当の剣だ。戦い方は――これから見せてやる」
俺は剣を河原へ突き刺した。
「おい、トルサン。その武器はまずい。この小剣を使ってくれ!」
ワッドが笑いながら、一本の剣を俺の足元へ放る。
「なんだこれは、おもちゃじゃないか。まあ、これでも殺せないことはない。見せてやろう」
俺が見せるのは、華麗な太刀筋でも軽やかな足さばきでもない。泥臭く、生き抜く方法だ。
「おい! さっさとかかってこい!」
四方から剣闘士たちが息を合わせ、同時に斬りかかってくる。うん、そこまではいい。
俺はそのうちの一人へ一直線に突進する。陣形が崩れ、隙が生まれる。そこを逃さず、次々と仕留めた。
「明日は各小隊ごとに俺と対戦してもらう。寝ているこいつらを起こして小隊を決めておけ。俺を倒せた小隊は、カインの護衛部隊だ」
こうして、俺の隊の特訓が始まった。
※
「さあ、始めるよ!」
シャーヒナの一言で、会議の場が静まり返る。
会議には八人の軍団長をはじめ、闘技場の委員数名、看守長、カビースの後任監察官、カイン、女性奴隷の代表、武器庫の管理人が出席していた。
「では、カイン。始めてくれ」
「はい。ただいまより第一回会議を始めます。まずシャーヒナ様より、八人の剣闘士の皆様を軍団長に任命いたします。続いて、その他の役職も決定いたします」
「ああ、こんな時に十分な準備ができていない。大したものではないが、気持ちだけ受け取ってくれ」
シャーヒナはそう言って、隼に刻まれた剣の紋章を取り出した。
「慎んでお受けいたします。命の限り、働かせていただきます」
フォーリスが騎士らしい所作で受け取ると、他の軍団長たちも続く。俺もだ。
カザムたちドワーフは、誇らしげににやにやと俺たちを見守っている。どうやら奴らが作らせたらしい。
その後、委員や看守には隼の盾が、他の者には隼の鍵が手渡された。
全員が受け取ると、どこか感動の色を浮かべている。
「役職者には時間がかかるが、いずれ全員に配るつもりだ」
シャーヒナが告げる。
その後の報告では、食料制限の話だけが頭に残り、細かい内容は眠気に負けて覚えていない。
「最後に、軍団の配置を発表しま――」
やっと解散だ。腹が減った。
他の軍団長たちは、どこか緊張した面持ちをしている。
ファーリスと老師が古井戸家、俺が子狐家の先鋒を務めることになった。
遊撃部隊には暗殺剣士と牙狼剣士、遠隔攻撃班には魔法剣士が配属される。
残りの部隊と看守たちで、防衛ラインを築くこととなった。
※
テントに戻り、夕食を取ろうとしたとき、肩に何かが乗っていることに気づかなかった。
「トルサン様、やはり匂いが……」
食事を終えて戻ってきたライラの声で、ようやく気づく。
その瞬間、ばさっと飛び降り、サーミヤが席へ飛び込んだ。
「ライラ、わしはサーミヤじゃ。よろしくな! これから世話になる」
ライラは驚きながら俺を見る。
「ああ、この方は偉い方だ。紹介するよ」
説明する間もなく、サーミヤはにこにことライラの手をつかみ、強引に握手した。
「えっへん! わしが呪術師サーミヤだ」
ライラは目を丸くし、言葉を失う。きっと「こんなちんちくりんな子供が呪術師?」と驚いているのだろう。
「お前、今“ちんちくりんが”と思っただろう」
「い、いえ」
「いや、わしは心が読めるんじゃ!」
「ひえっ」
「あー、やっぱり思ったな。トルサン、こんな女やめておけ!」
ライラはぎこちなく笑い、一歩後ずさる。冗談と流したいのに、うまく言葉が出てこない。
サーミヤは面白がって、ライラをいじり続ける。
「こらこら、サーミヤ様。お戯れはそのくらいに。お家へ帰りましょう」
「嫌じゃ。今日からここに泊まるぞ! もうすぐ戦が始まる。ここで準備せねばならん。腹が減った。さあ、飯を食おう!」
「はぁ……」
俺とライラが、この自由人をどう扱うべきか考えていると、
「カイン様とワッド様をお連れしました」
アミンの声が響いた。
カインとワッドが、夕食のプレートを手にテントの入口に立っている。
「ほう、ここがトルサンのテントか。大きいな。なんだ、子供のエルフもいるぞ、アミン」
「トルサン、一緒に飯を食いながら打ち合わせをしよう。……その子は何だ? 新しい召使いか?」
三人はサーミヤを見て、不思議そうな顔をする。特にアミンやワッドは、女奴隷の顔は一通り知っているはずだ。
「いましたっけ? こんな子」
アミンがワッドに問いかける。
ワッドは首をひねった。
「こら、ワッド。わしがわからんのか? サーミヤじゃ」
「はぁ? サーミヤ様の名を騙るとは流刑ものだぞ。子供といえど許されん!」
「まったく、それで闘技場の委員とは片腹痛いわ」
サーミヤが幻想術をかけると、塔で見せたカーテン越しの姿へと変わった。
「ああ、変身されていたのですね」
「はぁ……」
呆れるサーミヤをよそに、俺は腹を抱えて笑う。
だが、そのほうが都合がいい。
「ワッド副団長、飯にしよう!」
新作 姉に全てを奪われた追放令嬢、辺境の執政官になったので村を発展させます よろしくお願いします




