第三十七話 新しい風と不協和音~気づくと乗り遅れることってあるよね~
「山東京伝師匠は善光寺の出開帳に出店しているそうだ」
あの上方旅行から帰っても師匠がいなかった。だから何をしているのか聞くと、浅草の伝法院にいるそうだ。
「曲亭馬琴と葛飾北斎とで行かないか」
牛に引かれて善光寺参りなんていうし、縁起がいい。俺もいつかは行ってみたいと思っていたのだ。
「いらっしゃい」
山東京伝は商売上手で有名だ。今時、彼が開く京屋の煙管を持たない男と甘薯、唐茄子が嫌いな女はいないと評されたほどだ。
「師匠、此度の旅は大いに収穫のあるものだった」
「それはよかったな」
山号京伝デザインの手拭いを額に当て、商品を見る。品ぞろえもよく、繁盛していた。
「過去の歴史に学びながら、新しい作品を作りたい」
「私も同感だ」
曲亭馬琴と山東京伝は意気投合して語り始める。文学論や歴史考証について深い知識があるためかどこか楽しそうだ。
「二人の熱意には参ったな」
葛飾北斎が頭を掻きむしり、やれやれと肩をすくめる。
俺たちも次なる作品の内容を詰めて、形にしたいものだ。
「あそこまで親身になってくれる師匠がいるのは羨ましくもなるな」
山東京伝師匠は女好きで粋で、何でも様になる男だ。
対して俺たちは中堅作家ではあるが、まだ何者でもない。
「次の作品が売れたら、恩返しがしたいな」
「その殊勝な心掛けはいいな」
ニタっと笑う姿は悪人面だが、どこか柔らかい。彼も師匠を慕っているようだった。
「二代目からの伝手もあるし、これからも続くといいなあ」
これから戯作者として面白い作品をたくさん出さないと。
だから今は目の前にある長政旅行記を形にするのが目標だ。
「おっ唐茄子がある」
「元丁稚は食い意地が張っているな」
ほくほくのかぼちゃも甘くておいしい。善光寺の出開帳なんて珍しいから人でごった返していた。
昔からこうして秘仏を外に出すのは、寺社の金銭的な事情によるものらしい。だが人々は関係なく楽しんでいる。案外そういうものなのかもしれない。
「俺はこの地に骨を埋める覚悟で生きている」
葛飾北斎はぽつりとつぶやく。一生懸命生きてきた証でもあるのだろう。
「だからお前も頑張れよ」
「ありがとうな」
仕事上のパートナーではあるけど、そう言ってもらえて嬉しかった。俺はこの江戸でたくさんの人に出会い、世話になったのだから。
「あんたもな」
きっと素晴らしい作品を次々と生むであろう男にもそう投げかける。これから先素晴らしい作品に携わるのだから心強い。
「おや、蔦屋の画工ではないか」
前にいたのは武士の見た目をした男だ。誰だろう。
「久しく顔を見ていなかった。十返舎一九といえばわかるか」
「初代蔦屋の葬儀以来ですね」
俺たちは彼の東海道中膝栗毛に触発されて旅に出たのだ。忘れもしない。
「あれから弥次喜多の続きをせっつかれて、忙しくしていた」
やはり才能のあるところに仕事は集まる。彼の場合挿絵も描いているので、俺たちよりもはるかに忙しいだろう。
「あんたの絵は面白いな」
葛飾北斎はぼそっと評する。プロから見ても東海道中膝栗毛は印象的なのだから、庶民には大ヒットなんだろう。
「今度一緒に本が作りたい。洒落本がいいな」
「それは嬉しいな」
葛飾北斎は口の悪い男だが嘘がない。だからこのコラボは楽しみだった。
「そうだ、山東京伝の方にも顔を出したい。案内してくれるか」
気づけば三人で祭りの中を右往左往して、元の師匠の出店に戻った。
「だから師匠の考え方は古いと申している」
「読者が求めているのは洒落本だ」
なぜか口論が聞こえる。さっきまで意気投合していたのになぜ。
「歴史を下地に新しい本を書くというのは同意。だが読者は忠義や、正義の話が読みたいはずだ」
「それはお主の考えだろう」
創作をする人たちは本人の強い思い入れもあって、熱くなりやすい。それは譲れない部分があるから。
そして曲亭馬琴は頑固な男だった。
確かに時代は変わりつつある。昔のやり方をずっと続けているだけでは新規の読者はつかない。
「私はこれで成功したのだ」
「過去にすがるより、新しいことに取り組む方が大事だ」
山東京伝もその言葉に怒りが隠せない。二人とも芸術家であり、創作者だから意見を曲げられないのだ。
少しばかり危うさを感じたのは何かの予兆だろうか。
「この番付が証明している。今のやり方で問題ない」
「私はそうは思わない」
新しい作者がどんどん出てきている中、古いやり方に固執するのはよくないと言いたげだ。
「二人とも、一理あるけどここは大人になろうな」
俺が仲裁しようとすると拳が飛んでくる。なんでこんなに血気盛んなんだ。いい年しているのに。
「ごほっ」
途中で唐茄子が喉に詰まる。甘いかぼちゃが俺を苦しめるとは。解せぬ。
「ごほっ……喧嘩は……ごふっ」
「信乃、大丈夫か」
途端に二人が心配しだす。大岡裁きかよ。そう思ったが口にはしなかった。
「大丈夫。ちょっと死ぬかと思ったけど」
高齢者や乳幼児は食べ物に喉を詰まらすとは聞くが、まさか俺がなるとは思うまい。
「とにかく、男は背中で語るじゃないけどさ」
やってみることはいいことだが人に強要することではない。人によってやり方は違う。みんな同じなんてありえない。
「承知した、信乃」
「かたじけない」
お互い留飲が下がったのか、頭を下げる。意外とこういうところが素直なんだよな。
「と、お客さんだよ。十返舎一九が来てくれた」
「最近は昔ほど顔を出せていないが、今後も宜しく頼み申す」
さすが武士だけあって、礼儀作法がしっかりしている。曲亭馬琴も同じだったはずなのに、どこで差が付いたのだろう。
「信乃、今失礼なことを考えていなかったか」
「まさか」
俺は口笛を吹きながらそっぽを向く。何のことかな。
「まあよい、信乃にだけ教えるがな」
次の作品の構想は練っているという。
その名も。
復讐月氷奇縁
これが彼の出世作になるとはだれが思うだろうか。




