第二十七話 旅は道連れ世は情け~大名行列は長いのが世の常~
「下に、下に」
歩くこと数刻、本陣から大名行列の人があふれかえっている。
身分の違いはあれど移動はこの時代大変だ。
「信乃、こういう時は土下座じゃ」
のじゃロリさまは自分が見えないことをいいことに俺に注意してくる。
「確かに庶民は頭を下げるしかないけどさ」
気づけば大名行列で俺と曲亭馬琴は足止めをくらっていた。
俺たちは町民なので、武士階級が来たら地面に伏せて、彼らが通り過ぎるのを待つしかない。
「ううむ、これは一苦労じゃ」
特に俺たちがいる東海道は多くの武士が参勤交代でやってくるので時間泥棒にもほどがある。
こういう時は無言で時が過ぎるのを待つしかない。
「大儀じゃのう」
脳内彼女ののじゃロリさまがふうと息をつく。彼女は時の将軍の娘だったらしいから、こうして身分の差があるのを改めて思い知ったようだ。
「しかし庶民にしかできない旅というものもあるのじゃ」
「例えば? 」
彼女は言葉に詰まる。ないのかいと突っ込みそうになったがここは大人になろう。
「ううむ、そうじゃ。信乃たちは五右衛門風呂に入ったじゃろう。あれは珍しくてよかったのう」
辛うじて絞り出したのがお風呂だった。確かにじかに温められる五右衛門風呂はよかったけど。
「しかし庶民はつらいなあ。そろそろ箱根までつくのに」
箱根は入り鉄砲に出女と呼ばれた関所があることでも有名だ。大涌谷も遠くから見たら、現代と違うのかなとワクワクしていた。
「小田原を過ぎて、目指すは箱根の先の大井川だけど」
東海道中膝栗毛の弥次さん喜多さんは小田原の五右衛門風呂で屁をこいたらしいけどあれは創作の世界。
十返舎一九は頭がいいから面白話も上手く入れられるのだろう。
彼に触発されて始めた旅だが現実の旅路はなかなか世知辛い。まだ旅の序盤だから金を使いきらないように曲亭馬琴の甘味好きを止めなければならないし、お手頃な旅籠や木賃宿を探さないといけない。
俺は道中記を片手にああでもないこうでもないと頭を抱える。
「そのもの、図が高いっ」
案の定お侍さんにばれてしまった。申し訳ないが、ここは気を取り直して土下座だ。
のろのろと大名行列が進んでいく。
本当に進まないな。
「山東京伝師匠の持たせてくれた書画もあるけど、この調子じゃ、着く前に資金が尽きてしまう」
このまままっすぐ旅を続けるよりは一つの町に残って、金策に走ることも考えなければ。
「信乃、案ずるな。師匠も先を見越して書画を持たせてくれたのだろう。道中困ったことがあれば、これを売って何かの足しにと申していた」
ずっと地べたで頭を下げていた曲亭馬琴が小声で返す。俺の心配に気づいていたのか、それとも能天気なだけなのか。
わからないけれどこういう時に励ましてくれるのが嬉しかった。
「下に、下に」
大名行列の最後尾がいなくなったことを確認して、俺たちは歩き始める。
「箱根に着いたら五右衛門風呂もいいが温泉に入りたいものだ」
「あとはゆで卵が食べたいな」
「卵? あれは高価だ。殿様でもなければもったいなくて食べられない」
滋養溢れる食材なので当然だが、俺としては箱根の黒卵はぜひとも食べたかった。致し方ない。ここは近くの村で調達するべきだろうか。
「信乃、食べ物のことになると目つきが変わるのう」
のじゃロリさまもあきれ顔だ。いいおうちの出の彼女はまだ黒卵の魅力には気づいていないようだった。
「あの硫黄の香りが混じった味わいが最高なんだよ」
「わかったわかった」
曲亭馬琴にも適当にいなされ、俺はみなぎったやる気を卵探しに使う。
旅は道連れ世は情けというし、いいことをしたらいろんな人だって見ているよね。
「ちょうどいい村はないかな」
「確かに黒卵は食べると七年は寿命が延びるという。それにあやかるというのも悪くはない」
俺の調子に合わせて曲亭馬琴も付き合ってくれる。
先ほどまで金策で頭を抱えていたことも忘れ、黒卵を食べたい一心で交渉できそうな村で卵をおすそ分けしてもらうことを考えていた。
「コケーコケ」
ん? これは俺の探していた鶏の声ではないか。
そう思い振り返ると。
「そこの旅人さん、卵はいかが」
村の端で行商に来ていた子供が声をかけてくる。
「これは行幸。いや本当に渡りに船というか、ありがたいことこの上ない」
「信乃……」
俺を振り回すばかりの曲亭馬琴も今度こそ呆れ顔でこちらを見ている。
いいじゃん。黒卵はロマンだよ。
「あれほど私に無駄遣いをするなと申しておいて……」
「信乃には悪いがこればかりは曲亭馬琴の味方にならざるを得ないのじゃ」
のじゃロリさまも追撃してくる。
こういう都合が悪いところは無視に限る。我が道を行く人たちに言われても痛くもかゆくもない。俺もマイウェイを貫くのだ。
「一個二十文」
意外と高いな。江戸のかけそばが一杯十六文だからかなり珍しいものなのだろう。江戸時代に卵は食べられるようになったとはいえまだ珍味扱いのようだ。
「二個くださいな」
合わせて四十文渡すと子供はトタトタと帰っていった。これはいいことをしたよね?
金は天下の回りものというし、俺は卵をゲット、売り手はお金をゲットでウィンウィンだしいいことだけじゃないか。
「信乃、小難しい言葉を使ってごまかそうとしているのが丸わかりじゃ」
のじゃロリさまがぼそっと呟く。
気にしたら負けだ。
「ほら、日が暮れる前に、黒たまごを作りに行くから急ごう」
「それは信乃の都合だろう」
曲亭馬琴もぶつぶつ文句を言うが、黙ってついてくる。
序盤金を使ったのは彼の甘味好きの結果でもあるのだからどっちもどっちだ。
朝方大名行列に時間を取られたが、そのあとの道程は順調そのものだった。
「よし、黒たまご、黒たまご」
俺はルンルン気分で大涌谷へと向かう。完全に脇道それていたが。
ちなみに大涌谷と呼ばれるようになったのは明治時代からで、昔は大地獄と呼ばれていたようだ。
完全に旅行を楽しんでいる俺たちだった。
「ほらたまご二個あるから」
片方を曲亭馬琴に渡すと、彼はかたじけないともそもそ食べ始めた。
やはり寿命が七年は延びるといわれるだけあっておいしい。
「信乃のいうように旅も悪くないものだな」
金の心配はあるけれど、こうして気兼ねなく自由に楽しむことができるのが旅の醍醐味だ。
「この旅から得られるものはたくさんありそうだ」
「そうだな。俺に付き合ってくれてありがとう」
照れくさくて頬を掻く。
辺り一面は黙々とした湯気に包まれ、特有の硫黄の香りがあったが、どれも目新しくて心惹かれた。
まだ旅の序盤にも等しいところだったが。
ここまで来てよかったと心から思うのだった。
最終的に温泉も楽しみ、少々お高い旅籠に泊まり、一日は終わった。
「信乃、ここは極楽じゃ」
夜、のじゃロリさまが俺の布団の上でゴロゴロしているのだけはいただけなかったが。
全部黒たまごで帳消しにすることにしよう。




