第二十四話 果てしない創作~ネタはあるのに書けないという悩み~
さて俺はかのディケンズのクリスマスキャロルの邦題に悩んでいた。江戸時代キリスト教は禁じられていたし、馴染みがないものに人は惹かれないとわかりきっていた。
「うーん、盂蘭盆会読経は変だし、正月高砂とか意味不明だし」
「信乃、悩みすぎじゃ」
俺はうんうんうなりながらタイトル案をまとめていた。
「こういう時は相談するのじゃ」
「誰に」
山東京伝師匠は煙草屋で稼いだ金で創作活動を再開していた。蔦屋重三郎も以前の勢いを取り戻した。
作家の卵たちは雨後の筍のように増えていく。
俺も個人としては一冊出しただけの一発屋になりかけだった。
一方の曲亭馬琴は蔦屋以外の版元から作品を世に出していた。
彼も多作な作家だが再び蔦屋の元で一作打ち出した。
その名も高尾舟字文。
耕書堂から出版した読本だったが本人の納得のいく売れ行きではなかったそうだ。
内容としては水滸伝を彼なりにアレンジしたもので室町時代の足利義満の治世までさかのぼる。奥州に下った山名洪氏が遭遇した悪霊との戦いから始まる。その後義政公の世に足利頼兼が奥州へ下り、鬼との戦いが描かれた伝奇小説だ。
俺も読んだが中国の白話に倣ってわかりやすく書いたと記してあるが結構難しい。それがウケなかった理由だと思う。
ともあれ会田家では義母が亡くなり、ますます履物屋の仕事を手伝わない男となっていたようだ。実質嫁の百が切り盛りしている状態だ。
「仕事もプライベートも充実しているみたいだけど大丈夫かな」
一人ぼやきながらタイトル案を考える。
話の内容は大体決まっている。
ケチな商家の旦那が年末に、過去、現代、未来の仏さまに出会い、改心するというストーリーだ。
みんなが年末で楽しそうなのを受け入れられず悪態ばかりつくが、自分の過去と向き合い、自分も人も幸せにできる人間に変わるという展開にしよう。
中編で読みやすいはずだ。
俺は原稿を片手に蔦屋重三郎の元へと向かう。
「信乃、久しぶりだな」
独り立ちしてしばらくしたが彼は歓迎してくれた。
「今度のネタも面白い。人情ものだな」
戯作者としては二作目となる。
「ただ主題が決まっていなくて」
「うーむ。年越しそばはどうか」
なんか落語のタイトルみたいだな。江戸時代なら受け入れやすそうだけど。
「前回の絵師はよかったな。彼も信乃のことを気に入っていってぜひとも次の作品をと言っていた」
勝川、なんだっけ?
「信乃の言うとおりにしたら破門されたそうだけどな」
それって大問題じゃないか。
俺の責任になるのか。
「いや、画工はむしろ喜んでいた。せいせいしたと」
兄弟子にいびられていたのが我慢ならなかったそうだ。
「短い人生好きにするのが一番だとな」
痛快だったと笑う。豪快な人らしい。
「むしろ長生きしそうな人ですよね」
その肝っ玉をわけてほしいくらいだ。
アドバイスした俺がいうのもなんだけど。
「この年越しそばの原稿はなかなかいい。画工も決まっているし、あとは刷るだけだ」
ますます仕事に精を出した蔦屋重三郎は原稿を引き取って、去っていった。
「信乃、さすがじゃのう。一日一善とは言うが功徳を積む姿勢は素晴らしいのじゃ」
「俺は全然いいことした自覚はないけど」
帰り際興邦くんのことが気になり履物やの伊勢屋へと向かう。
「いらっしゃい、旦那」
「信乃か」
小さな子を抱えた百が迎え入れてくれた。
今では娘二人の母親だ。
そして肝心の曲亭馬琴はいつも硯に向かって何かを書いている。
「久しぶり。俺もさっき蔦谷に顔を出したんだ。新作が出るんだ」
報告も兼ねて寄ったのだというと彼はほうとだけ返した。
「高尾船字文の売れ行きが悪くて今困っているのだ。あの作品は読本として工夫したのだが出来が悪かった」
どうやら悩んでいるらしい。創作の悩みと言えば俺も現代でネット小説を書いているときにたくさん悩んだ。
例えば感想がつかないとか。ポイントが伸び悩むとか。
でもそういうのは作者が悩んでいるだけで案外読者は気にしない。
結局書き続けるしかないのだ。
「旦那からも言ってやってください。この人文章書くことでしか働けないから」
百もだんだん辛辣になっていく。
それでも文章を書くのが好きなのだと知っているからだろう。
「売れる売れないは実力もあるけど時の運もある。すべてが納得いくような作品なんてすぐに作れたら苦労しない」
「それもそうだな」
山東京伝師匠が多作なのも気にしているらしい。なんでも以前は遊郭での接待くらいしか版元から恩恵を受けていなかったのだが、原稿料をとるようになったらしい。それは画期的なことだった。
「読本には上方の上田秋成という男がいると聞いてな。ますます負けていられないと思ったのだ」
周囲の作家たちが売れているという現実に焦りを覚えていたのは俺だけではなかったようだ。
「それに最近子供たちのことで叱られてばかりだ」
百が困ったように笑う。夫の立場として、所帯も持ち、一人の親としても悩むこともあったのだろう。
「娘たちを見ていると私は子供の頃の悔しかったことをつい思い出して厳しくしてしまう。それを百に咎められては反省するのだがなかなか治らない」
ぼそりと呟く姿は若かりし馬琴のままだった。
気難しくて、他人のことを思いやることができない不器用な男。
成長したと思ってもなかなか難しい問題だ。
「気長に見るしかないですね」
百はのんびりした口調で励ます。一番近くで見ているからこそわかるのだろう。
「旦那、ありがとうございました」
せっかくなので下駄の鼻緒をすげ替えてもらう。
遠いがすっかり行きつけとなっている。
「また来るよ」
手を振り、店を去る。
「信乃、焦っていたのは誰も彼も同じということじゃのう」
のじゃロリさまが感慨深そうに呟く。
「そうだな。でも果報は寝て待てというし、俺もできることからやってみよう」
それが結局一番の近道だから。




