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第二十三話 薫陶~好きな作家の影響ってあるよね~

 大家さんの手伝いをする裏で、俺は新作の執筆に力を入れた。

 オスカーワイルド、アンデルセンと続き、参考になる作家の名を探す。

 西洋文学のことは詳しくないけど、少ない知識でネタを練る。

 ドストエフスキーとかロシア文学で善悪について考える、なんてネタもあったが俺の筆力では無理だ。

 そんなこんなで白羽の矢が立ったのはディケンズだ。

 オリバーツイストが好きで読んでいたけどあれ結構長いしな。

 ちなみに彼は歴史小説も書いていて二都物語はベストセラーだ。あれも長すぎで途中で挫折した。

 と俺の読書歴の話をしている場合ではない。

 彼の作品で一番読みやすいのはクリスマスキャロルだ。

 ケチな男スクルージが三人の幽霊に出会い、改心する話で、世間的にはいい話で通っている。

 でも俺は改心する前のスクルージが好きなんだけどね。

 ということで江戸時代は仏教なので、クリスマスの定義から考えよう。

 クリスマスとはナザレの町で生まれたイエス・キリストの生誕を祝う行事である。

 俺のない知識を振り絞ると、仏様の誕生日は四月八日だ。

 次にキャロルについて。

 これは歌という意味だ。

 日本でいうところの声明にあたる。お坊さんたちが揃って歌うあれだ。

 だけど庶民にとって身近なのは南無阿弥陀仏などの念仏やお経のような気がする。

「うーん。難しいな」

 そもそもクリスマス・キャロルの作中では寄付のための歌だった。チャリティみたいな感じの。

 このままだと般若心経物語になりかねない。

「俺も詳しいわけではないからな」

 だったら回向院に行くかと、俺は取材も兼ねて歩き始めた。


「信乃、相撲じゃ」

 両国の回向院は歓進相撲興行の中心でもあった。

 のじゃロリさまが興奮し、俺の肩をバシバシ叩く。

「父も相撲が好きじゃった」

 つまり相撲は幕府公認の娯楽であったわけだ。

 現代では両国国技館の中で観覧することができるが江戸時代は境内でとることが多かった。

 名目は公共事業のため。今の宝くじと利用目的は似ている。

「しかし人が多いのう。何も見えんのじゃ」

 悔しそうなのじゃロリさまをよそに俺は人に流されながら歩く。

 お墓の中には水子塚があった。しかもきれいで新しい。

「こちらは今はご隠居なされた老中の越中様の命で作られたものだ」

 老中ということはあの松平定信か。

 意外にも篤志家であった彼は俺たち作家を苦しめたが、彼なりの思想があったのだと理解する。

 すべてが許せるわけではないが、人として大事にするものが違ったのだ。

「うーん。人って悪いところばかりじゃないんだね」

「信乃はお人よしじゃのう」

 やれやれとのじゃロリさまが肩をすくめる。

「よいか、信乃。信じすぎて痛い目に合うのは自分だということを忘れてはいけないのじゃ」

 珍しくのじゃロリさまが難しいことを言う。

 確かに現実を見ることも大切だ。

「あまり口うるさく申すのも好きじゃないのじゃ。今は相撲じゃ」

 だがすぐに趣味の相撲に走る。あれ真剣に聞いていた俺はどうなるの?

 仕方がないので俺はのじゃロリさまを肩車する。

「おおよい眺めじゃ。これは名勝負じゃ」

 きゃっきゃとはしゃぐ彼女を見ていると、まあいいかと思える。

「突っ張りもいいがやはり技ありのうっちゃりがよいのう」

 俺は相撲に詳しくないので何のことやらさっぱりだ。

「土俵際で身体の動き一つで相手を外に投げ出すのはろまんがあるのじゃ」

 珍しい技で、のじゃロリさまは興奮していた。

「というか目的を忘れているような」

 俺はクリスマスキャロル、江戸時代改変ものを書こうとしていたのだ。

 だが肝心の取材が相撲に邪魔されている。

「こういう時は楽しむのじゃ。のこったのこったじゃ」

「しょうがないなあ」

 新作のネタは今日は諦めよう。

 江戸時代に来たからにはこの時の文化に触れて、執筆のネタにすることも悪くない。

 しかし遊ぶだけ遊んだら、やる気が出てきた。

 帰り際回向院の遊女たちが仕事をはじめに来たようだった。

「この町は華やかじゃのう。昼も夜も人が集まる。不思議な場所じゃ」

 隅田川のほとりを歩きながら家路につく。

「信乃も最近一人で寂しかろう。たまには羽目を外すのもいいのじゃ」

「羽目を外していたのはのじゃロリさまの方だろう」

 俺が言い返すと彼女はコロコロ笑った。

「戯作者として名をあげるのは結構じゃが、あまり追い詰めるとろくなことにならんからのう」

 気を抜くときも必要だ。

 ライバルの曲亭馬琴のことを思い出す。

 彼は完璧主義者で作品を書き上げることに命を懸けている。

「俺が興邦くんに言ってたことだな」

 少しだけ懐かしくなる。

「ややこも生まれ、会田家も騒がしくなりそうじゃのう」

 俺が離れていた間に、履物屋の百は子供を産んだ。

 興邦くんはあの調子であまり変わらないが、自分の子供ができたことで過去を振り返ることが増えたようだ。

「あの男はどうでもいいことに悩むからのう」

 俺が彼のことを考えているのが筒抜けだったようだ。

「ああやめやめ。元カノの結婚を根に持つ男にはならないって決めてたのに」

 まあ彼女がいたことなんてないんだけどな。

 ずるずる引きずる性格は嫌いだ。

 それなので俺はきれいさっぱり忘れることにする。

「今日は江戸前寿司を食おう」

 あのボリューム満点な夕飯を取り、栄養をつけて明日に備えよう。

 和製クリスマスキャロルはいつ完成するのか。

 それは神のみぞ知る、だ。

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