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第二十一話 深川物語~一人暮らしは何かと物入り~

「しかし私の仕事の手伝いを引き受けてくれるとは。ありがたい話ね」

 深川の長屋に向かい、以前世話になった大家さんと話をする。

「あの蔦谷の家で奉公するのも年が年ですし」

 俺自身の見た目は変わらないが長年勤めていると周囲の目が気になる。

 小説に出てくる妖怪のように年を取らない。

「長屋の店子の名前は覚えて頂戴。それが初めの仕事ね」

 この仕事は大変よと笑う。

 長屋でのトラブル解決も引き受けなければならない。

 店子が出て行ったら新たな店子を探す。

 今までとはまた違った種類の仕事だ。

「ここの隣を空けているわ。何もないから自分で用意してね」

 自分自身が暮らす六畳一間を紹介され、俺は少ない荷物を隅に置く。

「一人部屋だと随分広く感じるな」

「あら寂しいの」

 友人の結婚を機に仕事もかえてしまったから顔見知りは少ない。

 だが新しく仕事を始めるときなのだ。

「いえ、以前は二人でずっと暮らしていたもので」

 肝心の曲亭馬琴だが今のところ音沙汰なし。

 便りがないのはいい知らせというから、今は上手くやっているのだと信じたい。

 一方で虫の知らせで、いつかこっちに助けを求めに来るかもしれない。そう思った。

「習うより慣れよ、ってことでよろしくね」

 俺は店子の名簿を確認して、一日が過ぎるのだった。


 店子の名前を覚え、俺に与えられた任務は糞の管理だった。

 これが臭い。

 江戸時代、屎尿は高い値段で取引されていた。そして長屋で出たものは下肥買が引き取るのだが、これが大きな収入になっていた。

 また、店子の排泄物は大家さんのものだった。

「まさかトイレで金稼ぐとはな」

「うう。臭いのじゃ」

 脳内彼女ののじゃロリさまも鼻をつまんで、遠くから見守っている。

「しかし仕事とは大変なものじゃの」

 彼女は俺を励まそうとするがあまりの臭さに言葉が出ない。

「お尻を拭くのがこの浅草紙ってやつなんだけど」

 一枚一文の再生紙で拭くのだ。現代の日本社会ではトイレットペーパーもあるけど江戸時代は大変だ。

「しかも大家さんの長屋十軒に対して二か所しかないんだから」

「うう。想像するだけでつらいのじゃ」

 臭さと苦労で目を滲ませる姿は少しだけ可哀そうだった。

「新しい顔ですな。あっしが下肥を引き取りに来ました」

 相手から支払いを受け取り、初仕事は完了だ。

 なかなかハードな仕事だった。

「信乃、風呂に入って汚れを取るのじゃ」

 相変わらず遠くからのじゃロリさまが文句を言ってくる。

 彼女は武家のお姫様、しかもあの徳川家斉の娘なのでこの臭さには耐えられないのだろう。

 大家さんからも許可を取り、屎尿臭さから解放されるため湯屋を探す。

「しかし江戸での湯屋は人気じゃのう。私も噂に聞いていたが楽しみじゃ」

 ワクワクしているあたりのじゃロリさまは好奇心が強い。

「混浴もあるみたいだけど、さすがにね」

 江戸時代の湯屋は男女混浴のものも少なくなかった。そこでは湯女が接待し、評判となっていたが、時に幕府から厳しい規制が入った。

「信乃、私というものがおりながら、浮気はいけないのじゃ」

「だから大丈夫だって」

 女の人と混浴とかむしろ怖いので、男湯に進む。

「八文でございます」

 そば一杯が十六文なのでかなり安い。

 江戸時代の人にとって銭湯は社交場でもあったようだ。

「へえ、結構人がいっぱいだな」

 脱衣所で着替え、流し場で身体を洗い、湯につかる。

 蒸し風呂もあるらしいけど、日本人なら湯舟に浸かりたいよね。

 裸の付き合いとかいうけれど、確かに風呂に入るときは、町人や職人、武士も関係ない。

 そして噂話が好きなのは皆同じだ。

「ああやっぱり熱い湯に浸かるのは極楽だな」

 世間話があちらこちらで聞こえてくる。

「履物屋の未亡人の家に婿入りした男の話を知っているか」

「ああ、あの伊勢屋か」

 なんか聞き覚えのある話だと思い聞き耳を立てていると。

「何やら物書きの端くれみたいでな。仕事の手伝いもしないと有名でさ」

「せっかく婿をもらったのに、苦労するな」

 それってあの曲亭馬琴じゃないか。

 俺が目を光らせているうちは仕事も真面目にすると思っていたが。

 自由を手に入れた彼は婿入りした家の手伝いもあまりしていないようだった。

「まずいな」

 お節介とはわかりながらも、慌てて湯から上がり、着替え、彼のいる中坂へと向かう。

「信乃、何を急いでいるのじゃ。何かあったのじゃろうか」

 姿を消していたのじゃロリさまが追いつく。

「やっぱり興邦くんのことが心配だ」

 彼が結婚したのを機に俺たちは新たな生活を始めることにした。

 だけどやはり世渡りがうまくできない不器用な男なのだ。

「信乃は心配性じゃのう」

 もはやヒーローというよりはお節介おばさんの精神だったが。

「情けは人の為ならずという言葉もある。あれこれ手出しするのはお勧めしないのじゃ」

 確かに彼女の言う通りだ。もう独り立ちしたのだから彼の問題だ。

 俺が口出しする問題ではないのかもしれない。

 だけど放っておくことができないのは。

 俺自身が精神的に独り立ちできていなかったからかもしれない。

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