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第十九話 小恋愛~結婚願望がないのに周囲が結婚しだすと焦るのは何故~

 住み込みで働くこと数年。未来の曲亭馬琴は縁談を勧められるようになった。主に山東京伝と蔦屋重三郎からであったが。

 もちろん彼は恋愛に関しては朴念仁であったからまったく興味を示さなかった。

「信乃、最近周りが結婚結婚うるさい」

 結婚は人生の墓場という言葉がある。彼の場合常にマイペースで自分の興味の持ったことにしかやる気を出さない性格のため、他人と暮らすことができるのか心配だ。

「所帯を持てば男としての自覚が生まれるだの笑止」

 責任をとれるようになる年頃ではあるけどまだ結婚したくないのが実情だ。

 おそらく二人は彼のことをかなり心配しているのだ。

 だって俺には縁談の話なんて来なかったからな。

「私は戯作者として生きていくつもりできた。それなのに所帯を持つだの、嫁をとれだの言われる筋合いはない」

 ちなみに山東京伝は妻を失くしては後妻をとる、ということを繰り返していた。根が女好きの寂しがりやなのだろう。今は百合という奥さんと暮らしている。なんというかそれはそれで気になるというのが人間だ。

「私は山東京伝師匠のような女好きではない。だから女子と暮らすなど想像するだけで肝が冷える」

 彼は恋愛に興味がないのだ。確かに書いている作品はほとんど勧善懲悪、儒教と仏教を理解する男としては興味を持ちようがない。

「でもお見合いの話が出ているんだろう」

 聞けば翌日に縁談が控えているらしい。相手は履物商の未亡人。年上の女性だ。

「元飯田町中坂の世継稲荷の下の伊勢屋だ」

 そこで商いをしている会田家の百という女性と会う予定になっていた。

「番頭にまで今結婚しなければ機を逃すと口酸っぱく言われている」

 確かにちょうど結婚適齢期の男が創作以外に興味を持たないのは心配だ。

 俺はというと正体不肖なのでそもそも縁談の話すら来ない。

「信乃がうらやましい。私は当の昔に家を捨てた人間なのにこうして新たに家庭を持つことになるとは思わなんだ」

 自分ひとりで生きていく覚悟を決めた時とは別の覚悟を持たなければならない時が来たようだ。

「では私は明日までの原稿を書きに行く。信乃、明日また報告する」

 縁談の報告って何と思わなくはないが、彼としては未知の経験だから共有しておきたいということだろうか。

「信乃、ついに友の縁談が決まりそうじゃのう」

 脳内彼女ののじゃロリさまが嬉しそうに語る。

「私の時は加賀藩に嫁いだのじゃが、なかなか豪勢な式じゃった」

「のじゃロリさまも既婚者なの」

 イメージ的にただの幼女だから未婚だと思っていた。

「そうじゃ。こう見えて大人のれでぃというやつじゃ」

 式では高砂でも謡ったのかな。昔の落語にネタとして出てくるよね。

「本郷の加賀藩屋敷に御殿を建ててもらったのじゃ。あれは嬉しかったのう」

 本郷と言えば東大の赤門が有名だけど関係あるのかな。調べればのじゃロリさまのこともすぐわかるはずなんだけど不幸なことに今はスマホでググれない。

「葬式は何度も出たけど次は結婚式か。冠婚葬祭コンプリートしそうだ」

 めでたい席に参加できるのは嬉しい。だが肝心の曲亭馬琴が乗り気ではない。

 結婚とは歩み寄ることが大事と聞くが、あの性格からして一波乱ありそうだ。


「信乃、聞いてくれ。見合いとは名ばかりで、もはや縁談は既定路線だった」

 翌日晴着を来た曲亭馬琴が駆け寄り、怒りに震えていた。

「山東京伝師匠も、蔦屋重三郎も私をこの店から追い出したいのだ」

 親の心子知らずとは言うけれど、親代わりの師匠たちもそんな気持ちなのだろう。

 それがわからないのは曲亭馬琴だけで。

「結婚などとんでもない。私は一人で食っていければそれでいいのだ」

 この縁談が経済力のない彼を支えるためのものだというのは明白だった。だが当本人に自覚はない。

「ずっと蔦屋で奉公するのも現実的ではないし、ある意味結婚も悪くないかもよ」

「信乃まで私を見捨てるのか」

 訴えかけるような目を向けられると言葉に詰まる。

「結婚など人生の墓場だ。見知らぬ相手と四六時中生活を共にし、起きても一緒、寝ても一緒、死ぬまで一緒などやっていられるか」

 やってもいないのにすごい言い様だ。

 わがまま殿様坊やは困ったものだ。

「でも俺と一緒に暮らしたときは問題なかったじゃないか」

「それは信乃だからだ」

 褒められているのかけなされているのかわからないが、彼なりに気を許しているらしい。俺と曲亭馬琴の仲だから多分大丈夫だったのだろう。

「信乃は無駄遣いはしないし、突然不機嫌になってどうでもいい質問もしないし、私と仕事どちらが大事かなんて当たり前なことを聞かない」

 褒めてないよね。これは。

 師匠の山東京伝とは対照的だ。

 彼は女好きなだけあってマメだし、女性の地雷を踏みぬくことはしない。

 対する曲亭馬琴は先ほどの発言からしてかなり地雷を踏んでいる。

「苦労しそうだな」

 それは未来の奥さんに対してであったが彼は自分の都合のいいように解釈する。

「そうだ。あの徳川家康公も人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとしと申している。私もいつかは重荷を背負う覚悟を持たねばならぬとは自分に言い聞かせてきた」

 むしろ重い荷物だったのは曲亭馬琴の方じゃないかと突っ込みを入れそうになった。

 だって彼の尻ぬぐいをしてきたのも俺。お尻を叩いて仕事をさせていたのも俺。あんなことやこんなことも全部俺という支えがあってこそできたんだよ?

 とうとう彼も俺の手を離れ、ようやく所帯を持つ日が来るのだと思えば感慨深い。

「信乃まで私が結婚するのを願っているのか」

 裏切られたと言わんばかりに俺を睨む。この人プライドが高いけど変なところ信じているんだよな。

「いいじゃないか。意外と結婚も悪くないかもよ。姉さん女房の方が頼りがいがあるし、商売をやっている家ならお金に困ることはないし」

 むしろ曲亭馬琴の方が嫁入りするような思考回路になっていた。

 だってこの縁談、メリットがあるのは彼の方だけだよ。

「だけど結婚は努力の上で成り立つということを忘れるなよ」

 俺の両親の金言を彼に語る。

「努力を求めるだけではダメだからな」

 執筆の才能以外はダメダメな彼にできるかどうかはわからなかったが。

「むう。信乃が言うなら仕方ない。私も腹を括る」

 ふてくされたような口調だったが彼もようやく認めた。

 金のための結婚だったが、その後苦労するのは想像に難くなかった。

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