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第十四話 好きこそものの上手なれ~エゴサって時間泥棒だよね~

 風呂敷に絵草紙を包んで仕事に出る。

 今日は久々に貸本屋として客先へと向かう日だった。

「信乃、今日は遅いのか」

「日が暮れるまでには帰ってくるから」

 江戸の町は鐘の音で時刻を確認した。庶民に時計はない。

 武家の興邦くんも貧乏だから貴重な装飾品や道具は持っていない。

「仕事が終わったら話をしないか」

 彼は彼で手習いの手伝いをしていたが不定期で、俺より自由が利く。

 俺たちの作品が世に出て一か月。評判が気になるのだろう。

 山東京伝の名のもとに俺たちはデビューした。

 途中校正とか苦しい作業もあり苦労したのだが喉元過ぎれば熱さを忘れる、ではないがいい思い出だ。みんな昔のことって美化されがちだよね。

「行ってきます」

 俺は商売道具である絵草紙を背負い、深川の町の中心に向かった。

 川の上には船が浮かび、材木が運ばれている。

 にぎやかな場所だ。

「これはこれは貸本屋の信乃ではないか。久しく見てなかったが達者だったようだな」

 道すがら客に出会うことも珍しくない。

 新入りの方なのでまだ客はあまり多くはないが、ほかの貸本屋は一人五十軒回ることもある。

 営業は足が大事というがまさしくその通りだ。

「今日は客の元を回っているんだな。新しい絵草紙で面白いものはあるか」

 その言葉に俺は思わず営業をかけてしまう。

「壬生狂言を題材にした尽用而二分狂言つかいはたしてみぶきょうげんはいかがでしょう」

 まずは軽いジャブから。俺の作品をいきなり出しても怪しまれるだけだからね。

「戯作者があの山東京伝の門弟なのか。興味深い」

 蔦屋が出す作品はどれも新しくて粋な作品が多いから客からは人気だった。ついでに俺の作品も宣伝しよう。

「幸福な仏様も面白いですよ」

 あくまで作者ではなく普通の貸本屋として宣伝している体でおすすめした。

「これは子供が喜びそうだ」

 手ごたえはあった。ありがとう蔦谷重三郎、山東京伝師匠、興邦くん、そして俺。

 よく頑張った。

「しかし山東京伝の新刊が一番読みたいのだが」

「……」

 世の中的にはやはり売れっ子作家の新刊が一番欲しいらしい。

 悔しくなんてないんだからな。

「お上の言うことはもっともだが、やはりあの皮肉の利いた作風はたまらないな」

 世の中を風刺した作品が好まれるのも、ガス抜きの意味があったのだろう。

 だが。

「一度は過料に処されたのだから気を付けてほしいものだな」

 そのせいで山東京伝は創作に迷いが生じていた。だがやはり創作活動が好きなのだろう。客の前だから黙っていたが彼も新作を仕上げようとしている。

「蔦谷重三郎も危ないとの噂だ」

 お上の取り締まりは特に厳しくなっているからとの話だった。

「特に洒落本も取り締まりの対象になっていると聞くから残念だ」

 洒落本は遊郭を題材にした絵草紙だ。山東京伝が得意としていたジャンルでもある。あの人女好きだからね。

「恋川春町のようにお上に呼び出されたのを拒否し、死んだなんて話になったら洒落にならん」

 鸚鵡返文武二道という著作でお上の政治を批判したからだと教えられる。

 確かに寛政の改革は棄捐令などで貧しい人を救い、福祉を充実させた側面もあったが。

 寛政異学の禁、処士横議の禁など、学問統制、政治批判の禁止など厳しい政策に出ていた。

「まったく怖い世の中になったものよ」

 完全に同意だ。俺は自分の背負っている者の大きさを改めて自覚した。

「だが私たちは絵草紙が読みたいという気持ちは変わらないからな」

 応援しているぞと笑顔を向けられる。

 お客さんたちが楽しみにしているんだ。

 心配はあったが貸本屋としては誇りに思う。

「信乃、もう日が暮れる、急ぐのじゃ」

 あれから客先に向かい、貸した本を回収、新しい本を貸し付けを繰り返し、話を聞いていたが俺たちの作品の評判は真っ二つに分かれていた。

 興邦くんの作品は言葉遊びが面白い。だけど中身はあんまりないよねという突っ込み。

 俺の作品は泣けるけどお涙頂戴が鼻につく。

 エトセトラエトセトラ。

 ぐぬぬ。批判されるのもわかるけどそこまで言う必要もなくない?

「いわゆるあんちというやつじゃのう。信乃もぷろというものになったということじゃ」

 先ほど俺を急かしていたのじゃロリさまが指摘する。

 エゴサはしない方がいいとは言うがやはり気になるものは気になるよね。

 プロになるイコール批判が許されるという認識なのだろうか。

「何はともあれ有名になったということじゃ」

 俺も現代にいたころは確かに新人賞受賞と銘打った作品を多く読んできた。

 確かに刺さる作品がないこともあったが、そんなに口汚く罵ったり、レビューで星一つつけたりとかそんな暴挙に出たことはない。

「ただいま」

 深川の長屋に戻り興邦くんに俺たちの作品の評判を伝える。

「批判する者の意見は参考にするのはいいが、あまり気に病む必要はない」

 珍しく興邦くんがいいことを言う。俺は開いた口が塞がらない。

「信乃、私を何だと思っている」

「曲亭馬琴」

 そうだ、この人は未来の売れっ子作家なのだ。考え方がただのワナビの俺とは違っているのも不思議ではない。

「私もいずれは独り立ちするつもりだ。今は山東京伝の教えを乞う立場だが、戯作者だけで食べていくのが夢だ」

 それで話というのはなんだろう。

「信乃のおかげで私たちの作品の評判が聞けた。やはり流行だけを追っていてはだめだ」

 廓話や流行り廃りを追うだけでは人気作家にはなれないと感じているのだろう。

「故きを温ねて新しきを知るという言葉がある。もう少し勉強したい」

 つまり我が家の収入は減るということで。

「手習いの仕事はどうするの」

 やはりこいつは高学歴ニートだったころの気持ちを引きずっているのか。

 ダメンズに引っかかる女性の気持ちがわかる気がした。

 私バカよね、と演歌の世界だなと笑ってしまう。

「私は筆一本で生きていくつもりだ」

 それって一番アウトな奴じゃん。

 未来の曲亭馬琴は創作バカだった。

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