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第十五話 暗黒時代~俺たちの命は風前の灯火? ~

 創作に意欲を出した山東京伝の作品の評判は上々だった。

 以前過料に処されたことから洒落本も風刺要素は減らして、お上の意に反していませんよとアピールしていた。

「山東京伝の洒落本は最高だ。特に仕懸文庫は男女の真の愛を描いていて面白い」

 貸本屋として客先へ出向くたびに賛辞の言葉を受ける。俺が書いているわけではないので多少悔しいが、それも実力のうちだ。

 ちなみに仕懸文庫とは遊女の衣類を入れる箱のことらしい。さすが遊び人だけあって詳しいし、センスがある。

 やはり山東京伝は人気作家であり、その作品は粋で江戸っ子に好まれていた。

「しかしお上の目があるとはいえ、教訓読本というのは無理があるような」

 公儀の前では批判は許されないが、いくつか抜け道を利用して出版したのだろう。

 しかも内容が内容だ。

 政府公認の吉原とは違い、深川の町を舞台にしているのも反発を招かないか心配だ。

 そしてその心配は的中した。

「おまはん、助けておくんなまし。旦那様が大変なのでありんす」

 深川の町で見覚えのある女性が俺の元へ駆け寄る。

「菊園でありんす。先ほど旦那様がお奉行様から手鎖五十日の刑を言い渡されたのでありんす」

 山東京伝の妻である彼女は必死な声で助けを求める。

「それだけでなく、蔦屋の旦那も身上半減の処分が下り、営業を制限されたのでありんす」

 プロデューサーの蔦屋重三郎も処分されたというのか。

 作家や絵師にとって版元の営業が縮小することは大きな痛手だ。

 これはお上による見せしめなのだ。

「山東京伝師匠のことは心配です。恋川春町のように直接逆らったわけでもないのに」

 俺は静かに菊園をなだめる。彼女も混乱しているのだろう。いつもはきれいに整えられている御髪が乱れている。

「わっちは身寄りもない吉原の新造でありんした。だから旦那様がいなくなったらどうしたらいいかわからないでありんす」

 さめざめと泣く姿に胸が痛む。彼女の言うことは尤もだったが俺たちにできることはあまりにも少ない。

「落ち着いてください。あの二人は転んでもただは起きぬ男たちです。信じるしかありません」

 俺も少なからず動揺していた。作家デビューの恩がある二人によもやこんな危機が訪れるとは。

 山東京伝は手鎖に、版元の蔦屋重三郎は財産の半分を没収された。

 お上は本気だった。

 本気で彼らを潰そうとしているのだった。


「信乃、それで山東京伝師匠はどうなるのだ」

 長屋に戻ると興邦くんが真剣な顔で聞いてきた。

「菊園さんから全部聞いた。ここ二か月は見せしめに手鎖を付けられるみたいだ」

 版元の蔦屋重三郎もしばらくは仕事はできないだろう。財産の半分も持っていかれるなんて冗談じゃない。

「私たちは決して山東京伝師匠のことを見捨てることなどしない」

 せっかくやる気を出してくれたのに、お上の怒りを買ってすべてが悪い方向に向かっていた。

「俺がやったことって無駄だったのかな」

「無駄ではない。ただ時期が悪かっただけだ」

 珍しく不遜な男、興邦くんが慰めてくれる。

「我々の作品も版元がなければ世に出すことは難しくなる。深い闇の中をさ迷うことになりそうだ」

 以前俺はお上のことなどなんだといったことがある。彼らは作者である山東京伝を恐れているだけだと。

 その恐れから強硬な手段に出たのだろう。

 俺は生まれて初めて誰かを憎んだ。

 どうして師匠のことを陥れたのだろう。

 顔も知らない松平定信を恨んだ。

「俺行ってくる」

 手鎖にされて町中で見せしめに立たされている山東京伝を助けに。

「信乃、それは無謀だ」

「でも」

 興邦くんは首を縦に振らない。彼なりの思いはあるんだろうけどどうしても俺は許せなかった。

「俺は悔しいしふがいない。どうしてあの人が処分されないといけないんだ。おかしいのはお上じゃないか」

「それ以上言うと私も黙っていないぞ」

 長屋の外にだって人はいる。俺たちがお上に逆らうとなれば迷惑をかけることになる。

「信乃、今は耐えるときなのだ」

「本当に耐えるだけしかできないのか」

 辛抱強く待てと言われても素直にうなずけなかった。

「今できることは何か考えるのが一番だ」

 そうして興邦くんは静かに肩を叩く。

 彼だって悔しくないわけがない。

 でも俺は止まっていられなかった。


 深川の町の中で武士に囲まれている男がいた。

 手には鎖がつけられていて、男たちからひどい言葉を浴びせられていた。

「この逆賊めが。お上に逆らう意味を理解していないようだな」

 山東京伝師匠だ。彼は口を真一文字に結んでまっすぐ前を見据えていた。

「逆賊にはお灸をすえてやらぬとな」

 そして武士たち彼を打擲する。見ていられなかった。

「師匠、俺です。信乃です」

 思わず飛び出していた。自分が励ましたばかりに窮地に落としてしまった。そのことを後悔していた。

「なんだでくの坊。こいつの弟子か」

「私は弟子は取らない」

 男たちが嗤うと今まで静かだった山東京伝が否定する。

「俺、後悔しています。俺が励まさなければこんなことにはならなかった。俺がバカだったから」

「そんなことはない」

 山東京伝は続ける。

「私は信乃に励まされて嬉しかったのだ。いろいろな作品を出し称賛を浴びたことはあったが、信乃の言葉には偽りがなかった。だから私は後悔していない」

 その言葉がすべてを語っていた。

 彼はまだ諦めていない。

 俺たちのやってきたことは間違いではなかった。

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