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第十三話 草紙創造~出版できるのも皆さんのおかげでした~

 一言に本を出すと言っても世の中俺が思うほど簡単なものではなかった。

 というのも山東京伝の弟子という形でデビューする俺たちは作品を書き上げるだけのいわゆる戯作者だ。

 版元もとい地本問屋がプロデュースをして、挿絵に起用する画工を探し、彫師や摺師の親方と交渉し、作品を世に出すのだ。

 ちなみに俺たちの原稿は筆耕が清書してくれた。自分のくそ汚い字が見事な美しい文字に仕上がるのは驚きだった。キーボードもない時代だからみんな手書きだ。

「しかし草紙を作るというのはかほど大変なものとは思わなんだ」

 未来の曲亭馬琴こと興邦くんはため息をつく。

 彼は自分の作品に強いこだわりがあるらしく、挿絵についてもあれこれ細かく要望を出していた。

 俺はというと手持無沙汰なので蔦屋重三郎の絵草紙店で彼の仕事を手伝うよう指示された。

「信乃、着々と進んでいるのう。さすがじゃ」

 のじゃロリさまが感嘆の声を漏らす。俺の脳内だけに聞こえる美少女なので適当に聞き流す。

「しかし画工の指定などすればよかったのにのう。私だったら葛飾北斎あたりに書いてもらいたかったのじゃが」

 のじゃロリさまは残念そうにつぶやく。

「父が好きな絵師じゃ。私も一目見たかったのじゃ」

 父とは時の将軍の徳川家斉である。子だくさんの浪費家で有名な将軍だが、今はまだ寛政の改革で松平定信に実権を握られている。

 その松平定信による出版取り締まりが厳しくなり、蔦屋重三郎の身にも危険が迫っていた。だが彼はどこ吹く風で次々と作品を売り出す。

 俺は貸本屋の経験を活かし、売れ筋の本を並べ、客が欲しがる商品を徹底的に調べ上げた。蔦屋重三郎の店は高級な錦絵は扱わず、庶民にも手軽な絵草紙が中心だった。

「俺の本がここに並ぶのか」

 緊張するのとワクワクする気持ちの半々だ。作家としてデビューするとはこういうことなのか。そんな感慨に耽っていると。

「よう、そこのでくの坊」

 身なりの貧しい男が声をかけてきた。客だろうか。それにしては珍しい。

 本は高価なものであり、基本的には貸本屋で借りることが多かったのだ。

「俺の挿絵が入った草紙の売れ行きはどうだ」

 どうやら蔦屋の画工だったらしい。無骨そうな男は俺を一瞥して、一言。

「丁稚に聞いてもわからないか」

 失敬な。俺は手伝いに来ているだけだと言いたかったが男に遮られる。

「画号は勝川春朗、勝川春章の門弟だ」

 全然知らない名前だ。だが興邦くんと同じで独特なオーラがある。

 俺って変わった人に声かけられるんだよな。

 現代だったら間違いなく詐欺師のカモにされるタイプだし。

「この黄表紙の挿絵を描いている」

 なんとなく見覚えのある作風にひっかかりを覚えたが、男は満足したのか去っていった。

「嵐のような男じゃのう」

 のじゃロリさまもやれやれとため息をつく。

 手伝いとはいえど暇ではない。ほとんどが冷やかしか、物見遊山に来た客だったが、中には本当に絵草紙が欲しくて買いに来る客もいる。

 また貸本屋が買い付けにくることもあった。

「山東京伝の新作はまだだろうか。あの人の作品は特に人気があるから客がうるさいんだ」

 みんな彼の作品を待ち望んでいるのだ。

 やはり人気作家というのはすごい。

「蔦屋の出す草紙は江戸中で評判だ。今度山東京伝の弟子の草紙を売り出すとか」

 噂は広まっていた。興邦くんと俺の作品のことだ。

「お上の取り締まりが厳しくなったのはちと苦しいが、皆が楽しみにしている。新作が出たらすぐに用意してくれ」

 江戸っ子たちは流行に敏感だ。彼らが江戸の文化を担っていたというのもあながち間違いではない。

「ううむ。信乃の作品を待ちわびている者がいるということじゃの」

 ふんふんと上機嫌なのじゃロリさまが続ける。

「信乃、作家とは一作だけ出して終わる者も多い。いわゆる一発屋というやつじゃ」

 次の構想は考えておいた方がいいと助言される。

 確かに次の作品の準備も必要だ。

「やっぱりアンデルセンかな」

 醜いアヒルの子もマッチ売りの少女も子供の頃読んで涙した。

 当の作者は虚言癖がある結構危ない人だったらしいけど、作者のエキセントリックさと作品性は別問題だ。

 これも俺なりにアレンジしていかないと。

「でくの坊、店番ご苦労さん」

 のじゃロリさまと会話をしていたらもう暮れ六つ。日が暮れる頃だった。蔦屋重三郎が仕事を終え、小料理屋で奢ってくれた。

「山東京伝師匠と違って太っ腹だな」

「私の仕事は戯作者や絵師を食わせることでもあるからな」

 深川の長屋ではいつも総菜を買うか、お金があるときは屋台で食べていた。

 案外彼は面倒見がいいのかもしれない。

 こうして名も知らぬ俺のことも気にかけてくれるのだから。

「ここの田楽は江戸一の味だ。おすすめだ」

 少し小洒落た店でこうして食事をしていると一丁前になった気がした。

「そうだ、奢りついでにいい知らせだ」

 蔦屋重三郎は酒を片手に告げる。

「草紙が完成した。販売は翌月だ」

 彼は風呂敷から二冊取り出した。一冊は尽用而二分狂言つかいはたしてみぶきょうげん、興邦くんのデビュー作だ。

 そしてもう一冊は。

「『幸福な仏様』、でくの坊の作品も出来上がったぞ」

 見事な色合いで刷られた草紙の中には薬師如来と燕の挿絵が躍動感あふれるタッチで描かれていた。

 字は達筆だし、絵はきれいだし、プロの技はすごい。

 これが世に出るのか。

「よかったのう信乃。頑張った甲斐があったというものじゃ」

 のじゃロリさまも喜んでくれる。

「画工には錦絵を参考にして描いてもらった」

 有名な浮世絵師だったのだろうか。蔦屋重三郎が選ぶくらいだから無名でも才能のある絵師のはずだ。

「勝川春朗という絵師だ。まだ無名だが黄表紙の挿絵を描いてもらっている」

 その名にハッとした。

 今日訪れた貧乏絵師の名前だったからだ。

「なんでも器用な男で勉強熱心だと評判だ。あのなりはちと心配になるが」

 今度来たらお礼がいいたい。

 そう思ったがあの不思議な男と再会はできなかった。

 いったい何者だったんだろう。

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