第十二話 女心と秋の空~今も昔もツ●ヤにはお世話になっています~
師匠の山東京伝に連れられ、俺たちは吉原に向かった。
前回は深川の岡場所で遊ぼうとしていたが、こちらは幕府公認の遊女たちが働く空間だ。「紹介したい人間がいる」
誰だろう。女遊びが好きな彼のことだから吉原の新造だろうか。彼の妻の菊園だって身請けして結ばれた。
まさか俺たちにも同じように腹を括れという意味だろうか。
「これ、信乃。思い込みはいかんのじゃ」
遊郭に来て、のじゃロリさまからはお叱りの言葉を受ける。
「遊ぶのに女も男も関係ないのは事実じゃが、師匠のことはもっと信用するのじゃ」
俺たちの説得でやる気を出した師匠が遊びにも精を出すというわけではなさそうだ。
「待ち合わせ場所はここだ」
見ると華やかな吉原の街並みに、書店が一軒あった。
「これはこれは山東京伝殿、噂の新入りはこのでくの坊とお武家さんか」
店名と遊女の名が入った吉原細見が並んでいて、店は繁盛していた。吉原の客はこの情報を頼りに遊びに行くのだろう。
「でくの坊とは失礼なっ。信乃は確かに大きいだけ剣術の類は一切できないが、立派な男じゃ」
のじゃロリさまが反論してくれるが俺の脳内で喋っているだけなので相手には一切伝わっていない。
「私が蔦屋重三郎だ。噂はかねがね聞いている。曲亭馬琴はお武家さんの方かな」
廓で誠とはまた野暮な名前だと笑う。
「壬生狂言は上方で流行っている。これから江戸でも更に人気が出ることだろう」
つまり興邦くんの作品は版元の蔦屋重三郎も気に入っているということだった。
「江戸っ子は言葉遊びが好きだからな。面白くなりそうだ」
彼は寛政の改革を前にしても委縮していなかった。自由で闊達な男だ。
「でくの坊は幸福な仏様だったか。子供向けはあまり扱ったことはないが新しく手を出すのもよい」
「ありがとうございます。一応俺の名前は信乃なんですけど」
訂正するがあまり反応はない。このままでくの坊扱いなのか。
「筆名は形だけが山東京伝の弟子という名前でやってもらう」
やはり売れ筋の作品は有名どころの推薦があるとないとでは大違いだからなと付け足す。
「京伝門人大栄山人はどうだ」
「いいだろう」
前もって考えていたのだろう。興邦くんもうなずく。
カッコよくて羨ましい。で俺の筆名はどうなっているんだ。
「信乃の坊主のネタはある」
山東京伝師匠が嫌な笑顔を浮かべて提案してくる。
「京伝門人信濃木偶」
それって明らかに俺の名前と特徴をもじっているだけだよね。
若干雑なのが気になる。
「あのもうちょっとマシな名前はないんですか」
「考えた末の結果だ。一人立ちするときにまた改めて名乗るがいい」
少し不満だったが確かに山東京伝の推薦と蔦屋重三郎のプロデュースが必要だ。売れっ子作家は変わった人間が多いと思い知らされる。
「話はついたことだし、遊ぶか」
それが目的だったんじゃないかと突っ込みたくなるが山東京伝は涼しい顔で茶屋へと向かう。新婚ほやほやでそれはないんじゃないか。
「こういうのは芸の肥やしになるというものだ」
ふふんと得意げになるあたり、弟子としてついて行っていいのか不安だ。
「あの人は相変わらずだな。私にはこの吉原の街は業の深いところとしか思えないが」
派手な業界の人だから蔦屋重三郎は女遊びが好きかと思っていたが違うらしい。
「私の父は吉原で働いていた。だから物心着いた頃から女たちの生き様を見せつけられてきた。ここは一時の夢を売る場所だ。だから華がある。ただ花は散っていくものだ」
なんか難しそうな話をしている。
「その美しい一瞬を描くのが芸術だとは思わないか」
面白さと美しさを追い求め、作家と力を合わせて芸術を世に出す。その仕事に誇りを持っているのだろう。
「江戸っ子は粋な話を好む。私はこの江戸一の版元になることを夢見ている」
俺たちが作家になりたいように、この蔦屋重三郎にも大きな夢があるということか。
確かに作品はそれ単体では世に出すことは難しい。
彼のような版元が出版し、俺のような貸本屋が世間の人々に貸し出す。そうして町中に、日本中に作品が出回るのだ。
作家一人後からで本ができるわけではない。
多くの人の手を経て、読まれて、作品ができるのだ。
「私は山東京伝のような才能あふれる人を探し出し、世の人が楽しめる作品を出したい」
有名な版元だからもっと強欲な人間かと勝手に思っていたが純粋な人なのだろう。
売れる作品を作り出す名プロデューサーといったところか。
「でくの坊、面白い作品を頼む。一作だけで判断されることもある。だからこそ最高の作品にしてくれ」
笑顔で語る姿に俺は少しだけ胸が熱くなった。
「信乃、期待されるというのはいいものじゃの。重荷にならぬか心配だったが、信乃ならできるはずじゃ」
脳内彼女ののじゃロリさまも励ましてくれる。
「しかし山東京伝は弟子をとらないといっていたが、将来有望な作家を見つけ出してくるのだから、私の商売も安泰だな」
本当は寛政の改革で世間を風刺した作品など売るのは危険な行為だ。
だが世の人が求めているのだという事実が彼らを動かすのだろう。
「安泰と申されるが、お上に目をつけられているのではないか」
「お武家さんは鋭いな」
興邦くんの指摘に苦笑する。おそらくわかっていてあえて無視しているのだ。お上を恐れていては好きなことはできないと思っているはずだ。
「何、失敗はつきものだ。一回失敗して立ち上がれないようでは男が廃る。人生は長い」
この吉原の街で商売をしてきた自負があると付け足す。
「お上の言葉は絶対だが、世間が求めるものを作ることこそ、この商売が上手く行く秘訣だ」
得意げな蔦屋重三郎の言葉に一抹の不安を覚えながらも、俺たちは自分のできることをするしかない。
信じて夢に突き進む。
この暗い時代に光を見出すために。




