第6話:起源
始まりは、ごくありふれた朝の静寂を切り裂くものだった。
現在、この街の記録において『狼による捕食』の最初の被害者とされているのは、メアリという名の女性だった。
【判事室事件簿記録より】
メアリは、街の片隅で売春婦として暮らしていた。
事件は、ある土曜の夜に始まる。
彼女の恋人が、メアリが家に戻らないことに気づいた。その夜は、ただの仕事だろうと推測し、深くは考えなかったという。
日曜の朝。
異変を察した恋人が彼女の家を訪ねた。
玄関の鍵は開いていた。
今しがたまで調理でもしていたのだろうと推測されるフライパンには蓋がされていた。
室内には、食欲をそそる芳醇なソテーの匂いが漂っていたという。
彼は一瞬安堵した。
彼女が自分のために食事を用意してくれようとしていたのだと。
恋人はその、蓋を開けた。
中には、彼女の右手首から先の部分がゴロリと、あまりにも無造作に転がっていた。
手の甲側、薬指の付け根にあった特徴的なホクロ。
彼にとって、それは愛する彼女のチャームポイントだったはずのものだ。
ソテーの中には、かつて彼が彼女の誕生日に贈った銀色のネックレスが、肉汁にまみれて添えられていた。
彼はその場で激しく嘔吐した。
逃げるように駆け込んだバスルームで彼が見たものは、惨劇の結末だった。
壁面に、乾きかけた血でこう綴られていた。
『お腹の子は君の子じゃなかったんだってね、ほっとした?』
翌日、森の茂みの中で、残りのパーツがゴミのように捨てられているのを自警団が発見した。
それが『狼』という怪物がこの街に解き放たれた、最初の一食だった。
◆
事件が起こるのは、決まって土曜から日曜にかけての夜だった。
私のおばあちゃんの命が奪われ私が『シエル』と名乗る人物と対峙したのも、土曜の夕闇が忍び寄る時間帯のこと。
先生が愛する家族の成れの果てを目撃したのも、日曜の穏やかな朝だった。
頻度にバラつきこそあれど、その周期的な悪意に、街の住人たちも薄々と気づき始めていた。
「土曜の夜には、決して出歩いてはならないよ、恐ろしい『狼』にとって食われちまうからね」
そんな噂が、影のように街を這い回っている。
だが、どれだけ鍵を固く閉ざしても、
どれだけ息を潜めても、
事件を未然に防ぐ術を持つ者は誰もいなかった。
気づけば、誰かがひとり、またひとりと街からその姿を忽然と消していくのだった。
そして翌朝には、生前の面影を完全に失った無残な「残骸」として、森の端や路地裏に投げ出されるのだ。
窓の外では、また次の土曜を恐れる人々の、覇気のない足音が響いている。
だが、あの聖者のような顔をした悪魔にとって、街中の扉は最初から開かれているも同然なのだ。
私たちは、カレンダーの数字を数えるたびに、
誰かの命が食卓に並ぶまでのカウントダウンを眺めているに過ぎない。
お読みいただきありがとうございます!明日も20時10分に次話を更新します。
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