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告解者  作者: カナタ


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第36話:推定有罪






 その日の夕方、先生の元に、セヴランからの言伝が届いた。




 夜24時、庁舎へ来てほしい――




それだけの、素っ気ない一文だった。




「俺一人で行く」




 先生は、それだけ言うと、上着を羽織った。




「私も行くわ」




「お前はここにいろ」 




「嫌よ」




 私は、先生の前に立ち塞がった。




「私だって、おばあちゃんの仇を取りたい。先生だけを行かせるつもりはない」




 先生は、しばらく私を見下ろしていた。


何か言いかけて、けれど、やめた。




 これまでの私なら、きっとここで引き下がっていた。




 でも、もう違う。




 あの日、ローズさんの家で見たもの、聞いたもの――




全てを知ってしまった私は、


もう、ただ守られているだけの立場ではいられなかったのだから。




「……好きにしろ」




 先生は、短くそう言うと、先に歩き出した。




 私は、その背を追った。







 深夜の判事庁舎は、昼間とはまるで違う顔をしていた。




 誰もいない廊下に、足音だけが反響する。




案内も待たず先を歩くセヴランの背に、先生と私は黙ってついていった。




 地下へ続く階段を降りると、


空気が変わる。




 カビと、古い紙の匂い。




長年誰の手にも触れられなかった書類が、湿った暗闇の中で静かに朽ちていく――




そんな匂いだった。




 資料室の扉を、セヴランが開ける。




 中は、蝋燭一本の灯りだけだった。




壁一面の棚には、判読も難しいほど古びた記録簿が積まれている。彼はその一つを机の上に運び、蝋燭を近づけた。




 炎が、揺れる。




 三人の影が、壁に伸びて、歪んで、また戻る。




「こんな時間に呼び立てて、すまない」




 セヴランの声は、いつもより低かった。




「これは、私の推測でしかない。証拠には、まだ、ならない」




 彼は、記録簿を開いた。




 被害者の名。日付。曜日。




 メアリ。……ヴァイオレット。イリス。アンブル。…………ポール。テオ。ルーシー。




両手では数え切れないほどの名前。




 その全てが、几帳面な筆致で、時系列に並んでいる。




「この記録を、何度も見返した」




 セヴランの指が、日付の欄をなぞる。




「被害が出るのは、決まって週末だ。土曜の夜から、日曜未明にかけて」




 彼は、次に別の頁を開いた。教区の告解の受付日程が記されたものだった。




「教会の告解は、土曜の午後から夕方にかけて行われる。そして、日曜はミサだ」




 しばらく、沈黙が落ちた。




 先生が、僅かに目を細めた。




「――偶然、じゃないと」




「偶然にしては、出来すぎている」




 セヴランは、蝋燭の炎越しに、


私たちを見た。




「もう一つ、ある」




 彼は、記録簿の別の頁を指した。


そこには、被害者――


あるいはその家族――




が、教区でどのような立場にあったかが、簡潔に記されている。




「メアリも、ヴァイオレットも、ポールも、テオの家族も、そしてルーシーも――全員、この教区の信徒だ。告解に、通っていたと推測される」




 私の喉が、小さく鳴った。




「つまり……」




「つまり、告解室こそが」




一度、セヴランが浅く呼吸を吐き出した。




そして――




「告解室の中だけが、誰にも見えない。」




 セヴランは、静かに、けれど確信を込めて言った。




「奴が、獲物を選ぶ場所だ」




 蝋燭の炎が、また揺れる。




 部屋の隅の暗がりが、その分だけ深くなった。




 沈黙が、資料室の中に満ちた。




 蝋燭の芯が、じ、と小さく音を立てる。




 先生は、しばらく記録簿の頁を見つめたまま、動かなかった。やがて、静かに口を開いた。




「――なら、話は早い」




「何?」




 セヴランが、眉を寄せる。




「俺が、告解室に入る」




 言葉は短く、迷いがなかった。




「え――」




 私は、思わず声を上げていた。




「先生、それって」




「俺は狩人だ。


獣を殺して生きてきた。


そのことを告解しに来たと言えば、不自然じゃない。」




 先生は、蝋燭の炎を見つめたまま、淡々と続けた。




「中に入れば、奴と向き合える。何を話すか、どんな態度を取るか――近くで見れば、分かることもある」




 セヴランが、机に手をついた。




「待て」




 珍しく、その声には焦りが滲んでいた。




「お前を、単身であの中に送り込むということが、何を意味するか分かっているのか。告解室は密室だ。中で何が起きても、外からは分からない。声も、姿も、遮断される」




「分かってる」




「分かっていて、言っているのか」




 セヴランの声が、初めて荒くなった。




「もし、奴がお前の正体に気づいたら――お前は、あの部屋の中で、一人であの化け物と向き合うことになるんだぞ」




「だから、いい」




 先生は、初めてセヴランの方を見た。




「奴が獲物を選ぶ場所なら、俺が獲物のふりをすればいい。向こうから、尻尾を出させる」




「馬鹿な真似を」




「他に、手があるか」




 先生の問いに、セヴランは答えられなかった。




 記録簿には、幾人もの名前が並んでいる。だが、そのどれもが、証拠にはならないと、彼自身が誰よりもよく知っていた。




 長い沈黙の後、セヴランは、深く息を吐いた。




「――お前が入っている間、私は外で待機する。


約束した時間を過ぎても出てこない場合は、教会法だろうと何だろうと、


私の権限で踏み込む」




「判事殿が、勝手に告解室に踏み込む口実がいるだろう」




「その時は、後で好きなだけ罰してもらう」




 セヴランは、苦い顔のまま、それだけ言った。




 私は、先生の袖を掴んだ。




「先生、私も」




「駄目だ」




 振り返らずに、先生は言った。




「今度ばかりは、駄目だ」




 私は、それ以上、何も言えなかった。




 蝋燭の炎が、また揺れた。




 窓のない地下室に、


外の時間は流れ込んでこない。




それでも、確かに、何かが動き始めていた。

お読みいただきありがとうございます!明日も20時10分に次話を更新します。

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