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告解者  作者: カナタ


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第29話:禊






ローズの家の前に立つと、ルーシーの足は、また竦みそうになった。




けれど、今日は違う。




胸に抱えた聖書の重みだけが、彼女をその場に踏みとどまらせていた。




戸口をノックする手が、微かに震える。


それでも、拳は迷わず木の扉を叩いた。




一つ、二つ。




しばらくの沈黙の後、扉の向こうに、確かな気配があった。


息を潜めるような、それでいて確実にそこにいる、という重みのある気配。




「……ローズ、お姉ちゃん」




ルーシーの声が、掠れた。




「開けなくていいわ。


……お姉ちゃん、そのまま聞いて」





扉一枚を隔てたまま、彼女は続けた。




「私、謝りたいことがあります。


必ず……禊を終えたら、またここへ来るから。


良かったら、話、聞いてくれないかな?」




声は掠れ、目の前の世界は滲みそうになる。




扉の向こうから返ってきたのは、長い沈黙だった。




木の板一枚が、今のルーシーには、途方もなく厚い壁のように感じられた。




やがて、静かに、それだけが返ってきた。




「……分かったわ」




短い、けれど確かな返事だった。


ルーシーは、その一言だけで、胸の奥が緩むのを感じた。




涙がこぼれそうになるのを、唇を噛んで堪える。





「ありがとう、お姉ちゃん」





そう言い残し、彼女は踵を返した。




今夜、全てを終わらせて、また明日にでも、この扉を開けてもらえたら




――そんな淡い希望を抱きながら。




その足取りが、来た時よりも、いくらか軽く見えた。








扉の内側で、ローズは長い間、そこに立ち尽くしていた。




妹の足音が、遠ざかっていく。




それが完全に聞こえなくなるまで、動けなかった。




昔から、あの子には困った癖があった。




人形も、クロワッサンも、母の指輪も。




欲しがるものはいつも、ローズの手にあるものばかりだった。


物心ついた頃からずっと、その度に、ローズは折れてきた。


妹が本当に欲しかったものが何なのか、深くは考えないようにして。




辟易していた。


正直に言えば、幾度となく。




――でも。




ローズは、扉にそっと手を当てた。


木の冷たさが、掌に染みる。




愛している。




だって、可愛い、たった一人の妹だから。




昔のことは、もう、いい。




何もかも水に流して、


また笑い合える日が来るのなら。




ローズは、扉越しに、まだそこにいるはずのない妹の気配を、探すように見つめていた。




明日、また来ると言った。




その約束を、ローズは、疑いもしなかった。







大聖堂の扉を潜ると、日中の喧騒が嘘のように、内部は静まり返っていた。




蝋燭の灯りだけが、


石造りの回廊に長い影を落としている。




ルーシーは、聖書を胸に抱いたまま、いつもの告解室へと向かった。




格子の向こうに、既に人影があった。




「よく来られましたね」




セラファンの声は、昼間と変わらぬ、穏やかな響きだった。




「夜は、まだ冷えます。こちらを、どうぞ」




格子の脇に設けられた小さな受け渡し口から、湯気の立つカップが差し出された。




ふわりと立ち上る香りは、


これまで嗅いだことのない、少し癖のある甘さを含んでいた。




「ハーブティーです。


心を落ち着けるのに、よく効きますよ」




ルーシーは、両手でそっとそれを受け取った。指先が、カップの温もりに触れる。




「……ありがとうございます、司祭様」




彼女は、震える手でそれを口に運んだ。




温かい液体が、喉を伝って落ちていく。苦みの奥に、微かな甘さが残った。




「今日は、お姉さんのところへ、行かれたのですね」




セラファンの声が、静かに問いかける。




「はい。……禊が終わったら、必ず会いに行くと、約束してきました」




「それは、良かった」




その声には、いつも通りの慈愛が滲んでいた。




「では、心置きなく、続きをお話しください」




ルーシーは、頷こうとした。




けれど、


視界の輪郭が、ゆっくりと滲み始めていることに気づいた。




カップを持つ手から、力が抜けていく。




「……司祭、様……?」




呼びかけた声は、思うように音にならなかった。




瞼が、鉛のように重くなっていく。




歪んだ視界の中。




セラファンの穏やかな微笑みだけが、最後に見えたものだった。




そのまま、ルーシーの意識は、深い闇の中へと沈んでいった。

お読みいただきありがとうございます!明日も20時10分に次話を更新します。

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