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告解者  作者: カナタ


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第25話:扉






カリーヌは、いつものように籠を提げて市場からの帰り道を歩いていた。




ローズの家が見える角を曲がろうとした、その時だった。




路地の陰に、見覚えのある人影があった。


ルーシーだ。




あの子が、こんな所で何をしているのだろう。


カリーヌは足を止め、しばらくその様子を窺った。




ルーシーは、ローズの家の戸口から十歩ほど離れた場所に立ち尽くしていた。


何かを迷うように、爪先が戸口の方へ、また離れる方へと、行きつ戻りつを繰り返している。




その手には、一冊の本が抱えられていた。


深い臙脂色の革張り。


ルーシーはそれを、まるで縋るように、両手で胸元に押し付けている。




一歩、踏み出す。




けれど、戸口までの距離が半分も縮まらないうちに、その足はまた止まった。




本を抱える指先が、微かに震えているのが、離れた場所からでも分かった。




ルーシーは俯き、唇を噛んだ。




それから、抱えた本を開くでもなく、ただ表紙を撫でるように指を這わせる。




何度も、何度も。




まるでその感触だけが、彼女をこの場に繋ぎ止めているかのようだった。




カリーヌは、声をかけようと一度口を開きかけた。けれど、その喉から出かかった言葉は、形になる前に喉の奥へと押し戻された。




あの顔だ。




カリーヌは、ふと思い出す。




あの日――




ローズが震える声で「妹のルーシーと……ううん、違う」と、自分で自分の言葉を打ち消した、あの日のことを。




あの時は、深く考えなかった。


悲しみに沈んだ人間が、ふと零す取り留めのない言葉の一つだと思っていた。




けれど今、目の前で戸口に近づけずにいるルーシーの姿を見ていると、あの一言が、急に別の重みを持って胸の奥に沈んでいく。




ルーシーは、結局その日、戸口を跨ぐことはなかった。




抱えていた本をもう一度、強く胸に押し付けると、来た道を振り返ることもせず、足早にその場を去っていった。




カリーヌは、遠ざかっていくその背中を、しばらく見送っていた。




手にした籠の中で、買ったばかりのパンが、まだ温かいままだった。




その温もりだけが、今のカリーヌには、ひどく場違いなもののように感じられた。









四旬節の終わりが、


もうすぐそこまで迫っていた。




セラファンは、その日、大聖堂の用向きを済ませた足で、街の目抜き通りを歩いていた。


数珠繋ぎの信徒たちの喧騒からも、告解室の静けさからも離れた、ただの一人の通行人としての時間だった。




こういう時間を、彼は特別好むわけでも、嫌うわけでもない。


ただ、体が求めるままに、足を運んでいるだけだった。




雑貨屋の軒先を過ぎ、パン屋の焼ける匂いを通り過ぎたところで、視界の端に、紅色が過ぎった。


歩みを止めるほどのことでもない。




ただ、目だけがその色を追った。




紅い頭巾を目深に被った少女が、通りの向こうを歩いていく。




俯きがちな足取り、周囲を警戒するような肩の強張り方




――それが誰なのか、


セラファンはすぐに分かった。




あの日、聖堂の柱の陰から自分を見つめていた視線と、同じ質のものを持つ少女だった。




――ああ。


黒ではなかった。




聖堂で見た時の、あの深く沈む黒いベールは、彼女には似合わないと、あの時も思った。


理由を、深く考えたことはない。




ただ、そぐわないと感じただけだった。




赤、だったんだね。




その色は、彼女の輪郭を、街の灰色の景色の中からくっきりと切り取っていた。




まるで、そこだけ血の色が滲んでいるかのように。




セラファンは唇の端を、ほんの僅かに緩ませた。


それは慈愛に満ちた微笑みとも違う、誰に向けるでもない、ごく個人的な満足の形をしていた。




――君には、赤がよく似合う。




声には出さなかった。


出す必要も、感じなかった。




それだけを胸の内で結論づけると、彼はまた、何事もなかったかのように歩き出した。




少女の視界に入ることも、声をかけることもせず、ただ通りの角を折れて、


その姿を静かに消していった。









ふと、うなじの辺りに、微かな違和感を覚えた。




誰かに見られている


――そんな気配だった。




私は足を止め、辺りを見回した。




雑貨屋の軒先、パン屋の煙、行き交う人々の合間。目に映るのは、いつもと変わらない街の午後の風景でしかなかった。




けれど、その違和感だけが、しばらく肌の表面に纏わりついて離れなかった。




気のせいだろうか。




そう結論づけようとした矢先、ふと、通りの向こうの角に、誰かの外套の裾が一瞬だけ揺れて消えるのが見えた気がした。




黒の、外套だった。




私は、それが誰の後ろ姿だったのかを確かめる前に、もうその角を曲がることはできなかった。




少しだけ、寒気が走った。


 




その理由を説明することが出来ないまま、私は先生の待つ宿屋へと戻っていった。

お読みいただきありがとうございます!明日も20時10分に次話を更新します。


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