第23話:癖
それから、一ヶ月ほど。
最初から事件なんて何もなかったかのように。
まるで何も起こらなかったのだ。
先生と私で警戒し、そっと彼の監視めいたことまでするが、どれもこれも空振りに終わった。
先生が普段は寄りつかない酒場で聞き耳を立てる日もあれば、私が市場のついでに教会の周りを遠回りする日もあった。それでも、何も出てこない。
強いて言うなら、金曜日にも大聖堂での催事が増えたようだった。
日曜日よりも参加人数が少ないため、
そちらには出席しなかったが、一度だけ様子を窺いに行ったことがある。
木の扉の隙間から中を覗くと、そこでも同じように紫色の衣服を纏った彼の姿があった。
信徒たちは十字架を象った台の前で、一つ一つ、立ち止まっては祈りを捧げている。
声を揃えることもなく、ただ静かに、祈りだけが積み重なっていく。
そのまましばらく見入っていると、清掃夫のおじさんに不審な目で見られた。
彼は箒を持つ手を止め、こちらを一度、それから扉の奥を一度、探るように見比べていた。
私は何も言わず、さっとその場を退いた。
そして、ある日の
――日曜日のことだった。
説教の合間、セラファンの視線が一瞬、私の座る柱の陰の方向へと流れた。
——今、こちらを見た。
そう思った。
そう感じた刹那、
彼の視線はまるで最初から何もなかったかのように、静かに聖書の上へと戻っていった。
祭壇に添えられていた指先が、微かに浮く。
けれど、それだけだった。
指はすぐに紙面へと戻り、彼はいつもと変わらぬ声で、次の一節を紡ぎ始めた。
気のせいだ。
私は自分でも処理し切れない視線の正体を無視するように早々自分のなかでそのように結論づけたのだった。
◆
暗い部屋の中。
あの日から、私の心は得も言われぬ暗い気持ちで満たされていく。
そして、その暗闇は昔から知っているものだった。
物心ついた頃から、ずっと胸の奥に棲みついているものだったのだから。
いつも。
いつも私は、
人のものを欲しくなってしまうのだ。
別に、特段ポールのことを愛していたわけじゃない。
欲しかったのは、彼自身じゃない。
――姉さんが、愛していた人だから。
盗ったら、どうなるんだろう。
姉さんよりも、私のことを愛してくれるのだろうか。
姉さんが知ったら、どうなるんだろう。
このことがバレたら、身の破滅を招くのは確実に私の方だ。
なのに、まるでやめられなかった。
『ローズより君のほうが可愛い』
『君だけだよ、ルーシー』
『また会いたい』
そうやって、甘い言葉を囁かせた。
自分から、仕向けるようにして。
その言葉たちは、蠱惑的な何かで、益々その沼へと私を引きずり込んだ。
ズルズルと。
だけど。
まさか、考えもしなかった。
ポールが――
姉さんの旦那が、『狼』の餌食に遭うなんて。
あの日から、姉さんは地獄の入口へと立たされ続けている。
そのずっと前から。
私はひとり、地獄の深淵で、この身体を業火で焼かれ続けていたのだった。
けれど。
もう、ひとりではとっくに耐えきれなかった。
誰かに、少しでもいい。この荷物を、下ろしたかった。
私はひとり静かに、その荷物をおろすための部屋の入り口に立っていた。
誰にも言えなかった罪を、
あの小さな格子の向こうへ置いてくれば、
少しは息ができるようになる気がしていたのだ。
甘いお香の香りが、
私を静かに告解室へと導いていた。
お読みいただきありがとうございます!明日も20時10分に次話を更新します。
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