第22話:安寧
先生はあれからますます口数が減ったように思う。
この街を包む陰鬱とした空気感も変わらない。
時間ばかりが過ぎていく。
次の事件がまたいつ起きるのか分からない。
私の中で焦燥感ばかりが膨らんでいく。
そんな折、先生がたまに宿からひとり出掛けて行く様子を窓から見て取れた。
どこに行くかは私には分からなかったし、聞こうともしなかった。
ただ、先生はいつもその時商売道具の一番大きい猟銃を抱えていた。
何か、不穏なことが起きていなければいいけれど。そうやって祈るしか出来ない自分の無力を呪う。
三度目にその背中を見送った日、私はとうとう我慢できずに後をつけた。
先生は迷いのない足取りで森の外れまで進み、罠にかかった兎を手早く締めると、それを袋に詰めて街の精肉屋の裏口へ運んだ。
硬貨のやり取りは短く、無駄がなかった。
それだけなら、いつもの生業だ。
けれど先生は、受け取った硬貨を懐にしまわず、そのまま握りしめたまま歩き出した。
向かった先は、テオの家だった。
戸口の前で先生は足を止め、辺りを一度だけ見回してから、硬貨を布に包んだものを戸の隙間にそっと差し込んだ。
ノックもせず、名乗りもせず。
それだけで、来た道をそのまま引き返してくる。
私は物陰に身を隠したまま、それを見ていた。
先生に見つからないよう、私はゆっくりと物陰から離れた。
その日の夕食の席で、先生はいつも通り無言だった。
私も、いつも通り何も聞かなかった。
ただ、彼の不器用な優しさの輪郭だけが、私の中にひとつ、確かな形を持って残った。
◆
不思議なことに、最後にテオの事件が起きて以来、あれからピタリと事件が止んだのだ。
一週間経っても、
二週間経っても、
一ヶ月経っても、
まるで湖の底に閉じ込められたかのように何もない日々が続く。
人々はそのことに深く安堵し、
嘆息を漏らしていた。
市場では笑い声が戻り、
子供たちは日が暮れるまで外で遊ぶようになった。
誰かが誰かに「もう終わったのかもしれない」と囁くのを、私は何度も耳にした。
私は、この紛い物のような安寧の時間にどこか落ち着かないまま、ただそれを眺めていた。
せめて、ヤツの――『狼』の喉元をいつでも狙えるようにと、隔週で、毎回深く黒いベールを纏いながら礼拝へと参加していた。
祈るためではなく、見るために。
座る場所も、いつも同じ、聖堂の後方の柱の陰と決めていた。
彼が、
前に行った時とは違う、美しい紫色の衣装を纏っていたのが印象的だった。
ただ深く沈むような紫だった。
祭壇の蝋燭の光を受けると、その色は血よりもなお暗く見えた。
声も、いつもより一段低く、ミサの言葉から華やかな旋律が抜け落ちている。
歌われるはずの賛美の一節が、今日は静かな詠唱に置き換えられていた。
すべてが、喜びを注意深く取り除かれた儀式だった。
その静けさの中で、
シエルは――
いや、セラファンは、いつもと変わらぬ穏やかな声で祝福の言葉を紡いでいた。
信徒たちは目を伏せ、
彼の一挙手一投足に安らぎを見出している。
彼らの誰も、この紫の衣が、何を意味する色なのか、その奥に何が息を潜めているのか、知る由もない。
私だけが、ベールの下で息を殺しながら、
その横顔を見つめていた。
お読みいただきありがとうございます!明日も20時10分に次話を更新します。
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