↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
告解者  作者: カナタ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/37

第19話:視線






夢のようだった。




少なくとも、あの場所に身を置く信徒たちにとって、この時間は彼が用意した完璧な舞台装置だったに違いない。




私は、陶酔の表情を浮かべる会衆の中央で微笑む男を、憎悪を押し殺して睨みつけ、その場を後にした。




その時、私は気づいていなかったのだ。




「見る者は同時に、見られる者である」という、この街の残酷な掟を。




私が大聖堂の扉へ背を向けたその一瞬。




喝采を浴びる男の視線が、私の漆黒のベールを射抜いていたことに。




「……セラファン、様ね?」




私は出口へと急ぎながら、周りの信徒達が彼に呼びかけていたその名を


唇の中で何度も咀嚼する。




その男の視線が自分を追い続けていることなど露知らず、私は群衆の影に紛れるようにして、冷たい外の空気の中へと消えていった。







祭壇の奥で、セラファンは説教の言葉を紡ぎながら、無意識のうちに視線を会衆の隅へと滑らせていた。




見慣れた顔、見慣れた祈り、見慣れた涙。


いつもの、退屈なまでの日常。




――なのに、あの黒いベールの女は、誰だ。




信徒名簿に記憶のない、初めて見る後ろ姿。




俯き加減の所作。




祈りの中に馴染みきっていない、硬い肩の線。




大した違和感ではない。


この街には常に、新しい迷える羊が訪れる。




それだけのことだ。




説教を終え、祝福を捧げる間も、思考の隅で執拗な音が鳴り続けていた。




あの女はどこへ消えた。




なぜ、自分の「記憶」に入っていない。




説教を終え、彼が祭壇へ戻る頃には、女の姿はもう会衆の海に溶けて消えていた。




セラファンは、自分でも説明のつかない微かな苛立ちを覚える。




――どこかで、会ったことがあるような。




いいや、そんなはずはない。




彼は自分の「客」の顔を、一人残らず正確に記憶している。




忘れるはずがない。




これまで一度も。




なのに、あの後ろ姿だけが、記憶の底の、もっと昏く澱んだ場所を、指先で触れるように揺らしていく。




―――いや、焦る必要はどこにもないさ。




彼女には再びどこかで会える。


言葉では説明のつかない確信。




それはまるで高揚すら感じさせるかのような。





セラファンは静かに祭壇へと向き直った。




祭服の重みと、会衆の熱狂を背に受けて。


その微笑みは、今日も変わらず、神々しいまでに美しかった。




けれど、胸の奥に残った小さな棘だけは、どうしても取り除けなかった。




――ああ、そうか。




唯一、ふと浮かんだのは、こんな益体もない感傷だった。




彼女に、黒は似合わない。




もっと違う色が、似合うはずなのに。




その考えが、なぜ自分の中に浮かんだのか。




セラファンは、その答えを探すことをやめた。





踵を返し、再び信徒達へと慈愛の微笑みを向ける。








大聖堂の重い扉を押し開けた瞬間、外の光と喧騒が、押し寄せるように私を包んだ。




石段を降りきったところで、先生の姿が視界に入る。




柱の陰から、変わらぬ姿勢でこちらを見ていた先生は、私の顔を一目見るなり、表情を険しくした。




「何があった」




自分でも分かるほど、声が震えていた。




「ここではちょっと……」




私は視線を泳がせ、それだけ答えるのが精一杯だった。




先生は何も言わず、私の背を押すようにして、大聖堂前の広場から少しだけ距離を取った。




たどり着いたのは、小さな噴水のある駅前の一角だった。




石造りの噴水の中央には、翼を広げた天使の銅像が据えられている。




穏やかに天を仰ぐその横顔、流麗な衣の襞、片手を掲げた慈悲深い仕草。




――大天使、ミカエルか、あるいはガブリエルか。




誰の名を冠しているのかは分からない。けれど、その整いすぎた美しい相貌が、あの祭壇の男の面影と、あまりにも重なって見えた。




私は吐き気にも似た不快感を堪えながら、噴水の縁に腰を下ろした。


先生も、少し距離を置いて隣に座る。




水音だけが、静かに響いていた。




顔色は、ますます悪くなっていくのが自分でも分かった。




――ズキッ。




(くっ………。まるで割れるような痛みだ)




こめかみの奥で、あの頭痛が疼く。


私は膝の上で、手を強く握りしめた。




「確証なんて、どこにもない」




自分に言い聞かせるように、まずそう零した。




先生は、急かさなかった。


ただ、じっと私の言葉を待っている。




私は、噴水の中央に立つ銅像を、もう一度見上げた。




翼を広げ、慈悲深く微笑むその石の顔と、祭壇の奥で会衆に語りかけていたあの男の顔が、頭の中で重なって、離れない。




「アイツがいた………」




声が、掠れた。




「その、………記憶の中の『狼』とは………、


声も違う。顔も違う。あの時見た姿なんて、記憶の中で歪んでいるだけかもしれない」




先生はただ、待っていた。


私自身の言葉を。






「あれはシエルだった。まるで、全知全能の天使様みたいな顔で、笑ってた。」






お読みいただきありがとうございます!明日も20時10分に次話を更新します。

もし少しでも気に入っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけると執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。