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告解者  作者: カナタ


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第18話:確信






日曜日の朝。




宿屋のダイニングに、野菜入りのスープの匂いが漂っていた。


焼きたてのバケットと、少し塩気の強いチーズ。ここ数日の中では、珍しく穏やかな朝食だった。




黙々とスプーンを口に運んでいた先生が、不意に顔を上げた。




「よく眠れたか」




「え……」




声が、上擦った。




実のところ、あまり良い眠りは得られなかった。




――ひょっとしたら、今日。




『狼』に、シエルに会えるかもしれない。




そんな考えが、頭の中で勝手に膨らんでは消え、膨らんでは消えを繰り返し、脳が妙に覚醒したまま朝を迎えていた。




だからだろうか、今朝の化粧は、自分でも気づかないうちに、いつもより少しだけ濃くなっていた。




先生には、その観察眼で何もかも見透かされている気がした。




「今日は……その頭巾はやめておけ」




先生はスプーンを置き、懐から一枚の布を取り出した。




「目立つ。代わりに、これを被っておけ」




差し出されたのは、漆黒のベールだった。




「どこに『ヤツ』が潜んでいるのか、分からないんだからな」




私は、その布を受け取った。


指先に、しっとりとした重みが伝わる。




黒。先生の色だ。




紅を脱いで、それを纏った途端――まるで、先生の影を借りているような、そんな気がした。




「……はい」




私は短く頷いて、それを頭から被った。




視界の端が、黒い布の縁に少しだけ翳る。




いつもの頭巾とは違う、慣れない重み。




けれど、それが不思議と、私の背筋を伸ばしてくれるようだった。







大聖堂の前で、先生は足を止めた。




「自分は、ここで待つ」




「先生……?」




「万が一、何かあった時にすぐ動けるように、外にいた方がいい。中に入れば、自分の存在自体が目立つ」




それに、と先生は付け加えなかった。




ただ、大聖堂の巨大な扉を見上げる目に、油断のない鋭さが宿っているのが分かった。




私は小さく頷き、一人で石段を上る。




振り返れば、先生は柱の陰、街の喧騒に紛れるようにして、じっとこちらを見ていた。




その視線だけを支えに、私は大聖堂の扉を開け放つ




大聖堂の扉をくぐった瞬間、




街の喧騒は嘘のように消え去った。




代わりに満ちていたのは、幾百もの声が織りなす聖歌だった。




高い天井に反響し、幾重にも重なり合いながら、まるで建物そのものが呼吸しているかのように響き渡る。




ステンドグラスから差し込む朝の光は、昨日目にしたものよりもずっと鮮烈だった。




祭壇の奥、金の装飾を纏った十字架が、無数の蝋燭の炎を受けて眩く輝いている。




私は黒いベールを深く被り直し、後方の信徒たちの群れに紛れ込んだ。




祈りの言葉を唱える老人。


幼子を抱く母親。




誰もが同じ方向を向き、同じ光に照らされている。




その中で、私だけが違う色をした心を抱えていることに、ひどく落ち着かない気持ちになる。




鐘の音が鳴り止み、聖歌が最高潮に達したその時だった。




祭壇の奥から、白と金の祭服を纏った一人の男が、静かに姿を現した。




会衆のざわめきが、波が引くように静まっていく。




金色の髪が、ステンドグラスの光を受けて淡く輝いていた。その一挙手一投足には、寸分の無駄もない優雅さがある。




「本日も、主の御前に集われた皆様に、平安がありますように」




声が、大聖堂の隅々にまで、まろやかに満ちていく。




低く、穏やかで、まるで歌うようなその響き。




この場にいる誰もが、その声だけで魂を委ねてしまいそうな、そんな温かさを纏っていた。




甘い、香の匂いが、風もないのに広がってくる。




周囲を見渡せば、その熱狂の理由は一目瞭然だった。




隣に立つ老女は、両手を胸の前で組み、まるで我が子を見るような柔らかな眼差しを祭壇へ向けている。


その頬は、うっすらと上気していた。




杖をついた老人は、目を閉じ、口の中で何事か祈りを繰り返していた。


その表情には、深い安堵があった。


まるで、一週間の重荷を、この場所でようやく下ろせるとでも言うように。




若い夫婦は、幼子を抱きながら、二人揃って身を乗り出していた。


父親らしき男の目には、うっすらと涙の膜が張っている。




誰もが、飢えた者が食卓を前にしたような顔をしていた。




司祭様がいれば、大丈夫。




そう信じて疑わない顔だ。




この街のどこに、これほどまでに人々の心を掴んで離さない人間がいるだろう。




彼の声一つで、この場にいる何百もの魂が、等しく安らぎを覚えている。




その光景は、美しかった。


美しすぎて、私は思わず、寒気を覚えた。




私は、息を殺した。





―――ズキッ。




不定期に訪れる頭痛が襲う。







違う。




これまで私の記憶の中にあった、あの男の面影とは、何もかもが違う。




あの日、


あの森で聞いた声は、もっと歪んでいた。




記憶の奥で、いつもノイズがかったように霞んでいる、あの声とは。




口調も、声の高さも、纏う空気も




――何一つ、一致する要素なんてない。




なのに。




理屈ではない。


証拠もない。


ただ、心臓の奥、皮膚の内側、


もっと深いどこかが、




悲鳴のような確信を叫んでいた。




――あれは、あの男だ。





黒いベールの下で、私は自分の爪が掌に食い込むほど、強く拳を握りしめていた。






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