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告解者  作者: カナタ


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第11話:矜持






――世界はどうして、こんなにも『いじわる』なんだろう。




薄れゆく意識の中で、テオはそう考えていた。




裕福な者たちは、毎日温かい食事を腹いっぱい食べ、宝石を纏い、困ることなど何もないような顔をして歩いている。




なのに、なぜ僕たちは。




――母ちゃん、ピエール、クロエ。




ごめん。ごめんよ。




僕は、もう……。




視界の端が、真白に塗り潰されそうになる。




その時、不意に甘い匂いが鼻をかすめた。




どこか遠い記憶のような、優しい匂い。







それは、ある水曜日の朝のことだった。




「行ってくるよ。夕方には戻るから」




「テオ、ごめんね。ごめん……あなたばかりに苦労を押しつけて……」




家の中には、常に湿ったカビの匂いが漂っている。




父親は病でとうに亡くし、


母マルグリットもまた、病の床から起き上がることができない。




弟たちは5歳にも満たない。




そんな家を、


わずか10歳のテオ少年が、駅前や教会前での靴磨きだけで支えていた。




「兄ちゃん……お腹すいたよぉ」




弟のピエールが泣きべそをかく。


まだ幼い妹のクロエも、不安そうな顔で兄を見上げている。




「ピエール、我慢なさい! お兄ちゃんは、家族のために……!」




母マルグリットの目から、大粒の涙が零れ落ちる。


自分が動ければ、長男にこんな惨めな思いをさせなくて済むのに。




そんな情けなさと悔しさが、彼女の言葉を詰まらせる。




テオは、母に向かって精一杯の笑顔を作った。




「母ちゃん、いいんだよ。わかってる。


ピエール、クロエ、お腹空いてるよな……。大丈夫、兄ちゃん今日はいっぱい稼いでくる。お腹いっぱい、焼きたてのパンを食べられるようにしてやるから!」




「……テオ。」




母は、少年の温かすぎる言葉に、ただ名前を呼ぶことしかできない。テオは弟の肩を叩き、大人びた口調で告げた。




「ピエール、兄ちゃんがいない間、母ちゃんとクロエをお前が守るんだよ。いいな?」




「うん、分かったよ兄ちゃん! 行ってらっしゃい!」




カビの匂いに包まれた家を出て、テオは靴磨き道具を抱え、駅へと向かった。




彼の小さな背中には、この街の過酷な現実と、それでも折れることのない家族への愛が重くのしかかっていた。




今日の稼ぎは、靴磨き一人分だけだった。




しかも、高級そうな靴を履いた男に、つまらぬ言いがかりをつけられた。




「おい、下手くそだなぁ、ガキが。靴墨で俺の高い靴に傷が入っただろうがッ!」




威圧的な声と、突き飛ばされる衝撃。




結局、手元に残ったのは、パンひとつをやっと買えるだけの硬貨だけだった。




男は「お釣りはチップだ」と吐き捨てて去っていったが、それは彼にとってのチップではなく、テオの尊厳を削り取る屈辱の代償に過ぎなかった。




惨めさが、肌にまとわりつく。




冷たい風が、靴磨きで黒ずんだ指先を掠める。




けれど、どうしようもなく腹が減る。




家に帰れば、腹を空かせた弟たちが、兄の帰りを信じて待っている。




母の枯れた頬と、弟たちの細い腕を思い出す。




やりたくはなかった。




こんなこと、自分は絶対にしないはずだった。




――生きるためだ。




テオは自分自身に何度も言い聞かせた。そうしなければ、この街で僕たちは、音もなく消えてしまうだけだ。







駅前のパン屋の店先。




店主である夫婦が、怪訝そうに顔を見合わせていた。




「あれ? ここに置いといた配達用のパンがないんだけど? アンタ何か知らない?」




「は? お前がとぼけてどこかにやっちまったんじゃないのか」




「おっかしいわねぇ。さっきまで絶対にあったのに。ちょっとだけ目を離した隙に、まるで消えるみたいに……」




――ハァハァ、ハァハァッ。




テオは走った。心臓が早鐘を打ち、視界が泥のように揺れる。




シャツの懐に押し込んだパンが、硬く胸を圧迫していた。




なぜ、こんなに怖いんだろう。




バレるのが怖いんじゃない。




僕が「盗み」なんていう汚いことをしてしまったと、母ちゃんに知られるのが怖いんだ。




けれど。




こうしなければ、明日の朝まで弟たちはどうなる。




僕以外に、この家で誰が家族を守れる?




カビの匂いが漂う家が見えてくる。




そこには、自分の帰りを信じている家族がいる。




テオは涙を拭い、泥だらけの顔に無理やり笑顔を貼り付けた。




そのパンは、盗んだものではなく、




誇り高き長男として持ち帰った糧であるかのように。






お読みいただきありがとうございます!明日も20時10分に次話を更新します。


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