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告解者  作者: カナタ


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第10話:法則






ローズさんの顔色が、氷のように青白く変色していく。




彼女は誰に聞かせるでもなく、震える唇で言葉を紡ぎ始めた。




「……そんなはず……ないけれど……まさか。いいえ、そんな悍ましいこと……あるはずは……ないわ」




「ローズさん?」




「どうしたんだい、ローズちゃん」




私と先生が思わず身を乗り出す。




けれど、


彼女の瞳はもう、この部屋にはいない。


あの忌まわしい最後の日、あるいはもっと前――夫に疑念を抱き始めたあの日々に囚われている。




「最近、あの人、鼻が膨らむの。


子供の頃からずっとそう。嘘をつく時の癖……。ここのところ、妙にその癖が出るようになって」




ローズさんは自分の言葉に、自己嫌悪するように顔をしかめた。




「……まさか、ね。妹のルーシーと


……ううん、違う。あの人に限って。私が変なことを考えているだけ」




彼女の指先が、まるで口から出た穢れた言葉を拭うように、エプロンの裾を必死に擦り続けている。何度も、何度も。その動作があまりに機械的で、見ていられなかった。




カリーヌさんが、何か底知れない影を察知したように、鋭く声を上げた。




「ローズちゃん、もういい。もういいんだよ!」




カリーヌさんは、私と先生を射抜くような目で睨みつけた。




「……なぁ、アンタたちもう、いいだろう。もう、帰っておくれよ。この子はもう、充分すぎるほど頑張ったんだよ」




彼女の言葉には、拒絶だけではない、切実な「これ以上は踏み込ませない」という意志があった。




この街の住人は、皆こうして、真実にたどり着く直前で蓋を閉じてしまうのだろうか。




先生は、静かに一礼した。




私はただ、促されるままに頭を下げた。




外に出ると、鉛色の空から湿った風が吹き下ろしていた。あの質素な家の扉が、私たちの背後で重々しく閉ざされる。









家を出た頃には、既に日は傾き始めていた。




橙色に染まった通りは、まるで誰かが零した血の跡が乾いていくような、痛々しい色をしていた。私たちは黙って歩く。




先ほどのローズさんの、震える指先の記憶が脳裏にこびりついて離れない。




「先生、あの聖書なんだけど」




私は溜まりかねて、懐に隠していた記憶を言葉にした。




「おばあちゃんの暖炉の前で見たものと一緒なの。装丁も、色褪せ方も」




先生は前を向いたまま、しばらく何も言わなかった。夕暮れの風が、彼の黒い外套の裾を寂しげに揺らしている。




「……奇遇だな」




ようやく開いた口から出たのは、感情の読めない、平坦な声だった。




「ヴァイオレットが亡くなる前にも、よく読んでいたものと一緒だ」




私は思わず足を止めた。




三つ。おばあちゃんの家。先生の家。そしてローズさんの家。




三つの惨劇の現場に、同じ聖書が存在していた。




「偶然、なのかしら」




自分の声が、縋るように震えているのが分かった。


偶然であってほしい。ただの気のせいで、悲しみのあまり記憶が似通ってしまっただけだと思いたい。けれど、先生の瞳はそんな甘い希望を切り捨てるように冷徹だった。




「偶然、四回続けば、それはもう法則だ」




先生の声は揺るがない。




「四回……?」




「『狼』のはじまりの事件を知っているか? メアリの事件だ。記録には残っていなかったが、自警団の報告書に、"聖典らしき遺留品"の記述があった」




先生の言葉に、背筋が凍りつく。




ずっと、薄暗い霧の中を歩いている気分だった。それが、急に視界が開けたような、あるいは底なしの沼へ真っ逆さまに突き落とされたような感覚。




「お前の祖母。


ヴァイオレットとイリス。


ローズの家。


そして――最初の事件、メアリ。」




先生が一呼吸置く。




「見落としていたわけじゃない。ただ、繋げて考えていなかっただけだ」




先生は足を止め、私を振り返った。




その瞳の奥に、これまで見たことのない色が揺れている。




怒りでも、悲しみでもない。




もっと静かで、もっと確信に近い――「復讐」という炎を焚きつけるための、冷たい確信。




「同じ聖書を持つ人間が、四人。全員、狼に食われた」




「それが原因なのか、結果なのかはまだ分からない。


だが、調べる価値はある。」




「じゃあ、その聖書はどこで……」




「配布元を辿ればいい」




先生は短く言い切ると、再び歩き出した。  




「聖書なんてものは、大抵どこかの教会で配られる。街の教会を虱潰しに当たるしかないだろうな」




夕陽が先生の背中を、毒々しいほどに赤く染めていた。




その背中を見つめていると、私は嫌な記憶の残響に襲われる。




頭が割れるように痛んだあの瞬間――。




おばあちゃんが殺された夜、私の記憶の中に紛れ込んでいた「聖書の匂い」。




私が忘れているものの中に、まだ決定的な何かがある。




その予感が、胸の奥で黒い渦のように広がっていた。




聖書を配った教会。


その先に、何かがある。




私たちは、自分たちの首を絞めるための鎖を、自ら手繰り寄せようとしているのだった。




お読みいただきありがとうございます!明日も20時10分に次話を更新します。


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