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告解者  作者: カナタ


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第8話:共鳴






自警団に通報してから、三日が経っていた。




先生と私は、あの忌まわしい記憶がこびりついた藁葺き屋根の家へと再び向かっていた。


あの亡くなった男性の妻であるローズという名の婦人から、『狼』に繋がるわずかな手掛かりを聞き出すために。




近づくにつれ、あの日の鉄錆びたような血の匂いが、風に乗って鼻腔をかすめる。




家の中には、隣人だというカリーヌという老婦人が立っていた。




彼女はローズさんのことを幼い頃から知っており、目を離すと自暴自棄に走る彼女を見守っているのだという。




質素な家の玄関には、長年使い古されて角が摩耗したオーク材の椅子が一つ置かれ、その傍らでカリーヌさんが険しい表情で私たちを待ち構えていた。




「この子はね、最愛の旦那を喪って哀しみの最中にいるんだ。


興味本位や冷やかしならとっとと帰んな」




カリーヌさんの鋭い声が、庭先の枯れたハーブが植えられた花壇に響く。




彼女の背後から見える家の中は薄暗く、埃っぽい空気が漂っていた。先生と私は一瞬、視線を交わす。




――違う。私たちは、冷やかしなんかじゃない。




私は一歩、前に出た。踏みしめた足元の土が、カサリと乾いた音を立てる。




「……私たちも、同じなんです」




自分の声が、自分でも驚くほど震えずに響いた。




「私たちも、最愛の人たちを『狼』の手によって失いました。


……手掛かりが欲しい。少しでも、あいつに近づける糸口が欲しいんです。藁にも縋る思いで、今ここに立っています」




私は必死に視線を逸らさなかった。




家の中の様子が少しだけ見えた。




古びたオークの食卓には、未だに片付けられていない食器が並び、黒ずんだパンの残骸が転がっている。




その隅には、革の背表紙が剥げかかった聖書が乱雑に置かれていた。あの時、私たちが絶望した部屋にあったものと同じ、重たい装丁。




私の瞳を見たカリーヌさんの表情が、ゆっくりと崩れていく。




鋭かった声のトーンが、急速に低くなった。




「……さっさと済ませてやんな」




カリーヌさんはそう呟くと、家の中へ続く重い扉をそっと開けた。




室内には、冷え切った暖炉の灰の匂いと、長い年月をかけて蓄積された古い家具の木肌が放つ、乾燥した埃っぽい空気が立ち込めている。




私は紅い頭巾を深く被り直し、




先生の背中を追って、暗闇の奥へと足を踏み入れた。




部屋の中には、まるで血が通っていないかのように真っ白な肌をしたローズさんが、あの日の惨劇の舞台である食卓に座り込んでいた。




「こんにちは……」




私が声をかけても、彼女は私を一瞥すらしない。視線は、あの日の皿が置かれていた場所から微動だにせず、ただ虚空を彷徨っている。




「ローズちゃん……。この子ね、この子もアンタと同じで、『狼』に大事な家族を殺されたんだ」




カリーヌさんが、まるで私を守るように言葉を紡いでくれる。




「それで、もし、もしもだよ。


ほんのちょっとでもいい、


手掛かりがあればって……、


話、聞きたいんだって。アンタに」




「突然、不躾なお願い事で本当にすみません。私たち、『狼』に繋がる何かがあれば少しでも知りたくて。


本当に少しでもいいんです! 何か覚えてること、普段と変わった行動とか、些細なことでもいいので教えていただけないでしょうか」





私は懇願した。ローズさんの乾ききった目に、一滴の光でも灯ればと願って。




その時だった。




「……返事もしないか。」




先生がやけに温度の低い声で呟く。




私はローズさんの指先がほんの少し震えるのを見逃さなかった。




先生の瞳が、ほんのわずかに細くなった。




一呼吸。




さらに、先生は次の言葉を射るように投げかける。




「……ご主人は、罪深い人だったんだろうな。」




先生がどこか遠くを見やるように視線を逃す。




「今頃は、地獄か。」




隣に立っていた先生が、低い声でそう呟いた。


耳を疑った。




今、この人が何を言ったのか理解できない。




ローズさんは今、夫を奪われた悲しみの最中にある。その傷口を、どうしてわざわざ抉るような真似を……!




「せ、先生! 一体何を!!」




「アンタなんてこと言い出すんだい!この不埒者が」




カリーヌさんも思わず狼狽えている。




私は思わず先生の腕を掴んだ。けれど先生は、私の視線を冷たくあしらい、どこまでも無機質な瞳でローズさんを見つめ続けている。




「こんなにも、自分を喪って悲しんでくれるアンタをひとり置き去りにしたんだ。 せめて、どうしてこうなったのか、アンタも自分で解き明かす権利くらい、……あるはずだ」




室内の空気が、凍りついた。




暖炉の灰の匂いだけが、妙に鼻につく。




ローズさんの瞳が、わずかに揺れた。それは悲しみではなく、夫を侮辱されたことへの、あるいはあまりに冷酷な言葉への――『怒り』の兆しだった。




先生は確信犯だ。




この人は、ただ情報を引き出すためだけに、相手の最も守っている「悲しみ」を、あえて土足で踏み荒らしている。




相手が一番守りたいものを踏みにじれば、人は悲しみではなく怒りで口を開く。




私は呼吸を忘れて、




二人の間を行き来する空気をただ見つめることしかできなかった。

お読みいただきありがとうございます!明日も20時10分に次話を更新します。


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