第一話 燃える里と覚悟
「凪、刃、雫……お主達に任務を与える」
男が言う。髪も髭も白く、顔には深いシワが刻まれているが、腰は曲がっていない男だった。
声は低く厳かであったが、焦りが混じっている。男の目には、燃え盛る炎が映っていた。
男の前には少年が二人、少女が一人、ひざまずいていた。年はそろそろ元服するであろうころ。三人は、地味な色の作務衣に身を包んでいる。しかしいずれも頭を丸めているわけではない。
三人の少年少女に、男は淡々と語る。
「今、里が何者かに攻め込まれておる。その数、目視だけでも百人以上。残念ながら里は早晩に落ちるだろう」
「師匠っ!?」
淡々と語る男の様子に、真ん中でひざまづいていた少年が顔を上げて叫んだ。怒れる獅子のように逆立てたバサバサとした短髪が特徴だ。身の丈は年頃の少年にしても大きく、六尺弱(約180cm弱)はあろうか。体格はがっしりとしている。その反面、顔は細めで頬骨が目立つ。
「刃、静かにしろ」
話を途中で遮った少年を、別の少年がたしなめる。彼が凪。ぼさぼさの黒長髪を後頭部で束ねている。身の丈は刃よりは低いがそれでも年頃の男としてしっかりと育っている。目元には常に冷たくも強い光が宿り、固く結ばれた薄い唇が、彼の頑なな印象を見せている。整った顔立ちは、美しさよりもむしろ、闇に潜む一振りの抜き身に近い、人を遠ざけるような鋭利さがあった。
「それで、師匠。任務ってのは?」
師匠と呼びながらまるで友人にでも話しかけるかのような調子で口を開いたのは、雫と呼ばれていた少女だ。年は凪らと同じほどのはずなのに、鈴のように丸く大きく張った目が幼い印象を与えていた。だがゆったりとした作務衣でありながらもなお、それを押し上げている胸が彼女が子どもではなく大人へとなりつつあることを主張している。髪は長い黒髪を後ろでまとめつつそれを折り返して束ねていた。
「我らはここで侵略してくる兵士と戦い、時間を稼ぐ。お主達は子どもたちを連れて先に脱出するのだ。一人でも多くの命を助けるのだ」
「で、ですが師匠、それだと……!」
刃が悲痛な声を上げる。その刃に男は笑って見せた。
「案ずるでない。我を誰だと思っている。この賀神忍流の元頭目で忍びの里を預かる、虎牙ぞ?」
そういう虎牙だが、刃たちを安心させるためのただのハッタリだ。
先ほど、虎牙は言った。敵兵は目視だけで百人以上おり、里は早晩に落ちると。その中で残って時間を稼ぐということは……決死の覚悟なのだ。子どもたちを逃すため、彼は戻ってくるつもりがない。
「何言ってるんですか、俺も一緒に戦います!」
刃が大声で抗議した。身体は大きいがまだ線の細さが残る声だ。
「馬鹿なことをいうでない。お主たち、それから今避難させる子どもたちは、これからの里を担う存在じゃ。お主たちが死んでしまえばこの里は終わりなのじゃ」
……ここは大月の国のとある山奥にある隠れ里。捨てられた子どもはこの里に拾われ流れ着くことがある。それが本人にとって幸か不幸かはともかく。
忍者……忍者は、主君に召し抱えられ、影となって暗躍する存在である。その任務は当然危険なものが多い。敵国への侵入、暗殺、破壊、情報収集、偽情報の流布……失敗した時は、筆舌に尽くしがたい悲惨な死が待っている。そして影は影のまま闇に溶けて消える。
この隠れ里は忍びの里。行き場がなくこの里の者に拾われたり、流れ着いたりした子どもは、里の子どもとして将来の忍びとして厳しく訓練される。
凪、刃、雫はこの里の中の子どもたちの中では年長であり、数日後には最終試験が控えていた。これを達すれば一人前の忍びとして認められ、巣立つはずであった。
だが今宵、敵襲があった。忍びの里は周囲を森に囲われた山奥で森の中にはあちこちに落とし穴や罠が仕掛けられている……秘密の通路もあるが入り口は巧妙に隠されている。万が一見つかってしまっても、その通路は狭く大軍が通り抜けることができない。
そんな容易に侵入を許さない忍びの隠れ里だが、人口はおよそ百人、うち子どもが三十人ほど。純粋な戦闘者は二十人あまり……隠れ里の中にまで攻め込まれたら、尻尾を巻いて逃げるしかない。
「わかった」
雫が立ち上がった。刃は信じられないと言わんばかりの表情で雫を見やる。
「お、おい、雫姉ェ……!」
「師匠はアタシたちに任務を出した。ならそれに応えるのが忍びってモンだ」
「……それに、師匠の言う通りにするのが最善手だ」
凪も立ち上がり、低く感情を見せない声で言う。自分たちが残り、戦えない子どもたちだけを逃がそうにも、その子どもを率いる者がいない。
「俺達が意地を張って戦えば、子どもたちも犬死だ。それはこの状況下では下の下の下策だ」
「そ、そりゃそうだが……」
それでも納得がいかないという様子の刃であったが、やがて太いため息をついた。そして分かったよ、としぶしぶ言った。
三人の様子に虎牙はそれまでの硬い表情を少しだけ緩ませた。
「たとえ里が奪われても奪い返せばいいだけのこと。里の外で働いている者もおる」
そしてお主達がいれば賀神忍流は続く、と虎牙は笑う。虎牙はそう言ったあと、顔を再び忍の者に戻した。
「だから、今は耐え忍べ。忍なら……さあ、行け!」
賀神忍流元頭目で現忍の里の長の虎牙の命に三人は御意、と答え、背を向けた。
「……すまんな、忍び名を与えてやれなくて……」
去っていく背中にぼそりと虎牙はつぶやく。
この里の者は、忍びとして一人前と認められたとき、忍び名を与えられる。男は漢字一字に牙と続けた名前を、女は漢字一字に花と続けた名前が与えられる。虎牙のように。
あの三人にどのような名前をつけようか、楽しみにしていたが……虎牙は笑って首を横に振り、そして忍刀を抜くのであった。
とある文字書きさんが「医師が書く小説って、ほぼミステリーだよなあ」「忍者小説書けばいいのに」と言っているのを見て「忍者小説イイネ! なんか書いてみよう!」と思って書き始めたのがきっかけでございます。
しかし実際に書き始めてみたら時代考証とか戦術とかめちゃくちゃ難しかったのですが、新たな挑戦でもあるとして頑張っていこうと思います。
お楽しみいただけましたら幸いです。




