結局また壊して解決する
地下施設の最奥は、踏み込んだ瞬間に空気が変わった。耳の奥で低く唸る振動音が鳴り続け、床下を走る魔力の脈動が、まるで生き物の鼓動のように規則的に打っている。壁面に埋め込まれた管は青白い光を帯び、中央の巨大装置へと収束していた。すべてが一点に集まり、すべてが一点から拡散している——そう直感させる配置だった。
装置の前に立つ男が、ゆっくりと振り返る。
「ここまで辿り着くとはな。想定外ではあるが、誤差の範囲だ」
静かな声だったが、背後の機構がその言葉に呼応するように唸りを強めた。クレアは一歩前に出る。剣先は揺れない。
「ここで終わらせる。これ以上、誰かの精神を踏みにじらせはしない」
ダルムが肩を鳴らし、短く息を吐く。
「小僧、背中は任せるぞ」
「了解」
ハルキの返事は軽い。だがその視線は、すでに戦場の中心から外れていた。
(違う。あれじゃない)
戦闘が始まる。男の放つ魔法は速く、正確で、無駄がない。弾かれた光弾が床を抉り、衝撃が石壁を震わせる。クレアは最小限の動きで軌道を逸らし、ダルムは真正面から受け止めて踏みとどまる。力と技の均衡が、ぎりぎりの線で保たれていた。
だがハルキは、その均衡を構成する“外側”を見ていた。
(流れ……制御……分配……)
視界の端で、管を走る光の強弱が微かにずれる。脈動の周期に、わずかな乱れが混じる。目で追うというより、違和感を掬い上げるように、彼の意識は一点へ収束していく。
「ハルキ!」
クレアの声が飛ぶ。
「気を抜くな!」
「抜いてない」
短い返答。事実、彼の集中は極限に達していた。
(中心はあそこだな)
巨大装置の基部。装甲の継ぎ目、目立たぬ段差、その奥に隠された制御の節点。全ての流れが、そこを通過している。
ハルキは口にした。
「なあ、これ」
「今話しかけるな!」
「ここ壊せば止まるぞ」
時間が一瞬だけ止まった。
男の表情が変わる。わずかに、だが確実に。
「——触れるな」
その一言が、何より雄弁だった。クレアが振り向く。
「確証はあるのか」
「ほぼ」
「“ほぼ”で決めるな!」
ダルムが笑う。
「十分じゃろう。小僧、やれ」
躊躇はなかった。ハルキは戦線の外側を回り、装置へ歩み寄る。魔力の圧が肌を刺す。だが彼の意識は、ただ一点——歪みへと固定されていた。
(ここ、ずれてる)
継ぎ目に指をかける。見えないズレが、確かな手応えとして伝わる。設計は精緻だが、完全ではない。均衡は保たれているが、均衡である以上、崩れる余地がある。
「待て、手順が——」
クレアの制止は、最後まで届かない。
「いい」
ハルキは小さく息を吐いた。
「これで終わる」
拳を振り下ろす。
鈍い衝撃音の直後、光が弾けた。管を走る魔力が逆流し、装置全体が悲鳴のような軋みを上げる。床下の脈動は乱れ、やがて途切れた。
静寂。
男が膝をつく。
「……なぜだ。計算は……完全だったはずだ」
ハルキは装置から手を離し、肩を回した。
「ズレてたから」
簡潔な答えだった。
「些細な誤差だ……」
「致命的だったな」
言葉は短く、しかし逃げ場を与えない。
やがて、最後の光が消えた。圧迫していた気配が抜け、空間は本来の重さを取り戻す。クレアがゆっくりと息を吐く。
「……終わった、のか」
「終わったっぽい」
「“っぽい”で片付けるな」
それでも、剣先は下りた。ダルムは豪快に笑う。
「見事なもんじゃ。理屈は分からんがな!」
ハルキは小さく笑った。
「だいたい、これで何とかなる」
粗雑に見えるやり方は、しかし最短で核心を貫いていた。誰も気づけなかった歪みを拾い上げ、ためらいなく断つ。方法は単純で、過程は乱暴で、だが結果は揺るがない。
こうしてまた一つ、世界の歪みは——“なんとなく”ではなく、確かな一点を外されることで——終わりを迎えたのだった。




