土産話は現物で
休みが明けるまでの一週間、学園の寮に戻ってのんびりするはずだったのに、泥棒騒ぎの後始末だとか、書類の確認なんかでそんな余裕はなくなった。
王都の中でも貴族の屋敷が集まっている地域を中心に、まとめて泥棒にやられたらしい。巡回している騎士と一緒に屋敷を一軒ずつ訪れ、事情を聞いてから盗まれた物のリストを作ったあとに間違いないかの確認をしてもらう。
貴族の家だからいかに魔法省と騎士といえどそれなりの地位や身分がないとまともに話しすらしないのもいるわけで。それだけで時間取られるのにそれが何件も。
この前ジジイが目をつけただろう奴らが書類の書き損じして怒られているのを横目で見ながらも、自分たちも出来るだけ書類の山をなくそうとしたが、結局山は高さを変えただけで。
「ジジイ、後は頼んだ」
「なんと! 老いぼれをこき使うか」
「昨日まだ現役だって言ってただろうが。俺たち明日から学園なんだよ」
「ライアス様、よろしくお願いします」
そんなやり取りをして、最低限の書類を片付けた俺たちは魔法省を後にした。あのままいたらいた分だけ仕事が増えるだけだ。
「ディオ! ユリエス! いつ帰ってきたんだ?」
「ただいま、ウィード。ついさっき、ね」
どうやら学園にはバランが上手く連絡してくれていたらしく、親戚の家に泊まっていたことになっていたようだ。ウィードが、俺たちの姿が見えない事を寮の管理人に聞いたらそう答えが返ってきたと教えてくれた。
「そんで、どこに行ってたんだ?」
「ちょっとトーラスまで」
「あんな遠くまで行って、よく帰って来れたな」
「ま、いろいろやり方はあるからな」
ウィードと話すのは楽だ。俺たちの事を知っているから、というよりはこうやって必要以上に突っ込んでこないから、なのかもしれないな。事細かに聞いてくるようなら今ここにいないんだろうけど。
「明日からまた授業が始まるもんな、リンクスなんか焦って教科書読み直しててさ」
「休みできれいさっぱり忘れ去った、って事か」
「それもだけど、弟が具合悪くしてたみたいなんだよな。看病で忙しかったって」
そういやリンクスのところの弟、まだ小さいんだっけか。妹もいるって言ってたし、その世話をして看病までしてたらそりゃ勉強する時間がとれるはずもないか。
教科書読み直してる、って聞いて笑みを深めたユリエスが元の表情に戻る。良かったな、リンクス。休み明け早々にユリエスの容赦ないしごきは回避したみたいだぞ。
「ダニーはヴィオレッタ嬢と一緒に来るって聞いてるけど、まだこっちには着いてないみたいだな」
「ああ、倒れた子か。勉強は続けるんだね」
「家族からは止められたらしいんだけど、本人がやりたいって言い切ったみたい」
「ウィード、寮に残ってたんだよな。何でそんなに詳しく知ってんだ?」
もう寮に着いているリンクスはともかく、まだここにいないダニーの事までよく知ってるな、なんて思って聞いてみたんだが。ユリエスもちょっと首を傾げて不思議そうにしているし。
「ああ、俺たち一週間前に帰って来て授業の内容見返そうって話してたんだよ」
二人とも早く帰ってはこなかったけどな、なんてウィードが笑っているからそこまでしっかりした約束でもなかったか、今回の理由なら仕方ないと思っているか。どちらにせよ自分たちから勉強をしようとしていることはいい事だ。
「なあ、それでトーラスはどうだった?」
「どうっていうのは?」
「前にちょっと話聞いてからさ、もう調べれば調べるほど行ってみたくなって!
ご飯、美味かったんだろ?」
追求してこないかと思っていたのに、こうして話が戻ったことで一瞬だけユリエスが警戒したが、本当に一瞬で終わってしまった。
話を聞きたかったのは、任務の事ではなくて前に聞いてたトーラスの名物やらご飯の事だけだったらしく。
ユリエスと顔を見合わせて、そうして同じようなタイミングで笑いがこぼれる。
「何だよ二人して笑って! 美味いもの食べてきたんだろ?」
話を聞かせろ、と詰め寄ってくるウィードの言葉に、ひとつ思い出したことがある。
夕方に近くなったとはいえ、まだ今日は休みだから、今から外に出ても大丈夫だろう。
「ウィード、今から時間あるか」
「あるけど、それがどうしたんだ?」
「ちょっと行きたいところがあってな。付き合ってくれ」
俺とユリエスは魔法省から学園に来るのに、ラフな格好に着替えてあったしウィードは寮にいたとはいえ、外に出れないような服は着ていない。本人に確認しても特に問題なさそうなのでそのまま街に出る。
そうして、学園にほど近いところにあるパン屋へと入る。トーラスで思い出したのは、セリがレシピを教えたと言った人物。学生が長期休暇の間に順番で休みを取ると言っていたので、この期間に一度はここに帰ってきているはずだ。それなら、もう商品として店に並んでいてもおかしくない。
そしてその推測は当たっていたようだ。前に来た時にはなかった、新商品と書かれた棚。
そこにあったのは、三日月形のパン。どのレシピを教えたかは知らないがパン屋だったらまずこれを試すだろうな。
「すいませーん、これを三つください」
「はーい!」
前に買った時と同じ人がクロワッサンを袋に詰めていく。ウィードはパンの匂いに空腹を刺激されたのか別の物を一つ買っていた。
そうしてユリエスに袋を渡し、果実水も三つ買ってから店の外に出る。
そのまま近くのベンチまで移動して、袋から取り出したクロワッサンをウィードに手渡した。
「ほら、これトーラスで食べてきたやつだ」
「これが? 買ったのはここなのに?」
「トーラス出身の奴がレシピ教えたんだとよ。まあ、食べてみろ」
新商品とは書いてあったけど、なんて言いながらも言われたとおりにクロワッサンを口に運ぶ。
一口噛んで目を見開いたウィードは一瞬固まったものの、勢いよく食べ進めあっという間に手の中は空っぽになる。そのタイミングで果実水を差し出すと半分ほど飲んでから口を開いた。
「なんだこれ、美味い!」
「だよね。僕たちもご馳走になってびっくりしたんだ」
「こんな美味いの食べてきたんて二人が羨ましい」
「……そんな事言われたの初めてだな」
そのまましばらく話していると、パン屋の紙袋を抱えた人物と目が合った。
何だか前にも見た事あるような、と思っていたら向こうも同じことを考えていたのかもしれない。
ふ、と表情を和らげてこちらに方向を変えた。
「また会いましたね、お兄さん」
「君たちもあのパン屋に?」
「ええ、新商品が出ていたのでつい」
前にパンを食べようとしていた時にいい顔はしていなかったので、つい言い訳じみたことを口にしてしまったが、それに何かを思い出したようで口元にわずかに笑みが浮かぶ。
「気になったのは、私も同じだ。どうだった?」
「すんごい美味かったです!」
どうだった、が味の感想を聞かれていたのだと気づくより早く答えたのは、もう一つのパンも食べきっていたウィード。その勢いに、少しだけ男性もびっくりしたようだった。
「そうか、それは楽しみだ」
それじゃあな、と紙袋を抱え直して去って行くその背を見送ることはなく、俺たちも寮に帰る。ウィードはクロワッサンを気に入ったらしく、その後ちょくちょくパン屋に向かう姿を目撃した。
出張終わり。学園に戻ります。
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