研究者の暴走
「そんで、バランまで駆り出されるなんてよっぽどだったのか?」
ゆっくりとだったが、パンをひとつ収めたことで少し落ち着いたらしく、姿勢を立て直したバランに問いかける。自分から研究メインだと言っているだけあって、バランが現場に出るのは自分の興味のある依頼くらい。
そんなバランが泥棒騒ぎの現場に行くなんて到底思えないんだよな。
「人が少なかったのは事実だよ。何人かの休暇も重なっていたからね」
「そういやこの時期は学園の長期休暇に合わせて取る奴いるな」
「だろ? で、今回は若者いなかったからさあ」
「俺たちだって任務でトーラスまで行ったんだぞ」
転移の時に許可出したの自分なんだから、これただ言いたいだけなんだろうな。そのまましばらく言いたいことを吐き出させていると、ちょうどいいタイミングでユリエスがお茶を差し出す。
それに手を伸ばして一気に飲み干し、ようやく一息ついた。
「そうそう、トーラスだよ。さっき言ってたいいものって何だい?」
「お待ちどうさまー! エイナ様には今持っていってるよ」
「ありがとう、これは師匠も喜んでくれそうだ」
笑顔の料理長が持ってきたのは、いい色に焼けた肉。成人した男性なのに俺たちと同じくらいかそれよりも少なくても大丈夫だと言い張るバランも、目の前に出された肉に釘付けだ。
「味見したけど、これはシンプルに食べてもらうのが一番だと思ったんで」
「料理長がそう言うなら、間違いないだろ」
それじゃ、ごゆっくりなんて手をひらひらさせながら厨房に戻る背中を見送ってから、湯気の立ち上る皿を見る。
厚めに切られた肉は、いい色に焼けているがナイフを入れると中心はまだほんのり赤い。切っても血が滴ってこないのは、きちんと火が通っている証拠だろう。
魔獣とはいっても元が猪、獣臭さはあるだろうと思いながら口に含めば、香草のふんわりした香りしか感じなかった。多少の筋があるけれど噛み切れない固さではなく、むしろ噛んだことでしっかりと肉を味わうことが出来た。
「なるほど、これは確かにいいものだ」
「魔獣の肉だから、バランにもちょうど良かったんじゃないかな」
それまでいつもより早いペースで動いていた手が、ピタリと止まった。ユリエスの方に、まるで油の切れた人形のようにギシギシと音が鳴りそうなくらいぎこちない動作で顔を向けたバラン。
「ユリエス、今、なんて……」
「魔獣の肉だから……」
「どうしてそれを早く言ってくれなかったんだい? 僕が食べてしまうよりももっと有意義な使い方があっただろうに!」
さすがにユリエスもバランの態度の変化に目を丸くしている。貴族の食卓で魔獣の肉が出ることはそう珍しい事でもないらしく、爵位は違うと言えど貴族出身のバランにとってもさほど気にする食材でもないと思っていたんだろう。
俺たちは、分かったつもりでいたのだ。けれど、それは思い違いだったのかもしれない。バランの研究に対する熱意がまさか食材にまで及ぶとは。
「かくなる上は、今食べた分を……」
「待った! それはねえだろ!」
「バラン、料理長に言ってもう一人分、生のままで取り分けてもらうから」
その後、料理長に事情を説明し、まだ下処理なんかにも手を付けていなかったのを一人分よりもちょっと少なく分けてもらい、ようやくバランが落ち着いた。
もしかして、魔法省の食堂で魔獣の肉って、出た事なかったのか?
今後の為に、と肉を分けてもらっている時に料理長に聞いてみたが何度か出している、とのことだった。
「いつもはこんなに量出さないんですよ。あと、バランさんあんなに食べませんから」
俺たちみたいに退治した魔獣の肉を持って帰ってきて、食堂で提供したことは何度かあるようで。ただ、今回みたいな量も質も立派なのは初めてだったと。いつもはスープに入れたりする程度の量しかもらっていないそうだ。だいたい、自分がちょっと食べる分だけで、ほとんどは売りに出てしまうんだとか。それを含めて任務の報酬になっている場合もあるらしいし。
なおかつ、バランがたまたま任務に出ていていつもよりも魔力を消費していたのもあったんじゃないだろうか、と。
今回初めて知ったんだが、どうやら魔獣の肉にはわずかながらに魔力を回復させる効果があるらしい。バランが回復に気づくくらい魔力を消費していたからこそ、あの行動だったのだろう。
俺は単に疲れた時には肉がいい、と聞いていたからバランに提案しただけだったが、ユリエスは回復することを当然知っていて。だから俺の提案に頷いたし、バランにもちょうど良かった、なんて言っていたわけだ。
「任務の報告より疲れたんだけど」
俺と同じようにぐったりとしたユリエスが頷いたのを横目で見ながら、包まれた肉を大事そうに抱え込んでいたバランを思い出す。
「まさか、魔獣の事だけじゃなくて倒した方法なんかも事細かに聞かれるとは思っていなかったよ」
「あの熱量、どこから出てくんだろうな」
どんな姿の魔獣だったのか、大きさなんかの事から始まり倒した時の魔法の使い方まで。
バランの研究していることはいろいろあるようだけど、その中でも今興味があるのはどうして魔獣が生まれるのか、なんからしい。
バラン相手に倒した魔法の事を話しても、そうなんだの一言で片付くのに、倒し方については俺たちだってそんな事気にしてなかった、っていうところまで質問された。
どうやら倒し方ひとつ、解体の方法ひとつで体に留まる魔力量は変わってしまうから方法が大事なのだと力説されたけど、それを魔獣と対峙した時に思い出せるのが果たしてどれだけいるのだろうか。
そう思って聞いてみたけど、答えは単純だった。
「だって、君たちなら知ってたらそうやってくれるだろう?」
つまり、また魔獣にあった時には一撃で仕留めて肉を持ち帰って来い、ついでに素材があればなお良し。そう言われたのだ。
夕暮れに帰ってきて、ちょっと早めの夕食から始まったバランの熱弁は見かねた料理長が掃除するから、となんとか終わらせてくれ、俺たちには夜食だとそっと温かいスープを差し出してくれた。
時計を見れば針は半周しており、そろそろ日付の変わりそうな時間。
「今度からバランに食材渡すの、なしな」
ま、あと一週間もすれば学園がまた始まるからそうそう機会はないだろうけど。
バランに頼まれた以上の物を渡してはいけない、それは俺たちの頭にしっかりと刻み込まれた。
バランがこんなにぐいぐい来るとは思っていなかった。
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