任務の報告
「昨日、お二人と別れた後にハルから簡単に報告は受けています」
「そうでしたか。それでは私たちからは、今回依頼を受けた魔獣の増加の件についての見解を」
領主と彼女が並んで座り、俺たちはその向かいに座る。ハルは真ん中で一人掛け。
間には案内に使った森の地図を置いて、所々印をつけたところを示しながら話を進めていく。担当はユリエスだから、俺は何かあったら追加するだけ。
「まず、目撃情報のあった箇所。昨日その近辺では魔獣どころか獣の姿もほとんど見当たりませんでした。辺りの草木が荒らされてもいない事から、移動したものと考えられます」
「町の方に移動した、ということでしょうか」
「どちらかと言えば森の奥、山の方にでしょうね」
そう、町に近づいているなら昨日もっと魔獣と遭遇してもおかしくない。獣なら人の気配を感じて逃げるけど、魔獣は人の気配を追ってくる。だけど結果としては退治したのは一頭だけ。
ならもう森には魔獣がいない、と考えた方が自然だ。探知した時にもそれらしき気配はなかったし。
「今後の様子は見ていかないといけないでしょうが、おそらく今以上の魔獣の出現はないと思われます」
「今まで自分たちで魔獣を退治していたっていうのが大きいですね。それでだいぶ数は減ったでしょうから」
ユリエスの言葉に頷いてから、思っていたことを口にする。
地図に記された印は、一つ二つじゃない。それだけ魔獣を退治したなら数が少なくなるのは当たり前だ。今回急に依頼されたのは、おそらくあの薬があったからだろう。もともとこの辺りでの魔獣退治はあまり聞いたことがない。冒険者や、町の住人なんかで十分に退治できていたのだろう。
「今回の急激な魔獣の増加は、おそらくこれが原因でしょう」
地図の上に置いたのは小さな布の包み。それを開くとあの小屋で見つけた小瓶が姿を現した。
領主もハルから話を聞いていた、との通り慌てることなくそれをまじまじと見つめている。
「昨日聞いていたのですが、やはりその瓶の形は間違いないでしょうね」
「ええ、獣寄せに使う薬です。中身はなかったので置かれたのは少し前の事だと思いますが」
ハルも改めて手に取って瓶の形を確認したり、少しでも残った匂いを確かめようと瓶に鼻を近づけたりしているが、やはりこれは獣寄せで間違いなさそうだ。
どういう理屈だか知らないが、獣寄せは店でしか買うことが出来ない。作り方なんかは一切不明で、材料も分からない。時々素材集めの依頼を受けて納品するときに聞いてみたり、バランに聞いてみたりもしてるんだけど、誰がどう作っているのかが分からない、それが獣寄せ。
「これが置かれていた小屋は、何代か前に貴族が買い取ったと聞きましたが」
「それを聞きまして資料をひっくり返したのですが、申し訳ない事にまだ見当たりません」
「申し訳ありません。見つかり次第お二方には必ずご連絡をいたしますわ」
聞かれることは分かっていたのだろう、ただ、その資料が見つからないとは思ってもみなかっただろうな。頭を下げる領主と彼女に、大丈夫だ、とユリエスが今までよりも柔らかい口調で答えている。
「それで、もう魔獣は大丈夫なん、でしょうか」
「そうだね。おそらくとしか言えないけど、獣寄せの効果も切れてるだろうし」
「この印付けたような頻度じゃ現れないだろうな」
でかいのも一頭仕留めたし、なんてぎこちないハルの言葉に冗談っぽく告げれば、思い出したかのようにそうだった、と小さい呟きが聞こえた。
「そうだわ、お父様。お二人が大きな猪の魔獣を倒してくださいましたの。
それで、素材になるかもというお話なんですけど」
「ハルから聞いているよ。お二方さえよろしければ、今からお付き合いいただけますか」
「もちろんです」
解体、出来なくはないけど最近やってないから出来る人がいるならありがたい。牙なんかは途中で折れると価値がなくなったりするから頼んでしまった方が無駄にせずに済む。
そうして案内されたのは、町の酒場。隣には大きな物置がある。その先は更地になっていていろんな道具が無造作に置かれている。
酒場の入り口には小さな掲示板があり、そこに依頼が貼ってあった。そこから希望する依頼を選んで、受注の手続きを行うってわけだ。
「冒険者組合と同じだね」
「一応、加入はしているんですが、何もなければこれだけで十分なんですよ。
ジョシュ、仕事を頼む」
カウンターから領主が声をかけると、反応したのは奥で背中を向けていた男性。薄手の半袖シャツから覗く腕は太く、鍛えた体を主張する。ズボンは黒く、所々土がついているのは先ほどまで作業をしていたからだろう。腰に下げたポーチにはナイフが何本かと瓶に入った薬。底のしっかりしたブーツは踝を守る編み上げになっていて、それもズボンと同じ黒。
「おう、今日はどうした」
「昨日の森の調査の件でな。魔獣の解体をお願いしたい」
こちらにやってきたのは、いかつい顔をした男性。日に焼けて少し黒くなった肌は、年齢だけではない貫録を感じさせる。
「魔法省からやってきました、ユリエス・ラングートと申します。こちらは同じくディオ・クライン。
猪の魔獣の解体を頼めますか」
「猪か、それなら外の方がいいだろうな」
「あ、血はほとんど抜いてあります」
でかい分運ぶのも大変だしどうせしまうなら、と物置を指しながら言えば、じっと見つめられた後に笑って肩を叩かれた。俺が胸の高さくらいまでしかないっていうのを差し引いても、力強いんじゃないのか。何度かバシバシ音がするくらい叩かれてから、男性はニヤリと笑った。
「ならこっちだ。汚れたら掃除するの手伝えよ」
物置の鍵を開け、開けた場所を示されたのでユリエスとバッグから取り出す。ズウン、と音を響かせて昨日仕留めた猪が物置に転がった。
「これはまた立派なの仕留めたな。切断面も綺麗だからこれならたくさん素材になりそうだ」
「どのくらい時間がかかる?」
「今手の空いてる奴を使って、一時間で終わらせる」
「分かった。そのくらいにまた来るよ」
礼を言って物置を出ると野太い叫び声が聞こえた。手の空いている奴、を呼んだんだろう。
一時間か。思っていたよりも早かったな。
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