後始末
待ってみても問いかけに答えはなく。けれど、これだけの巨体を仕留めたんだから素材の一つくらいは持って帰りたいよな。そう思って沼に沈んだままの猪を見ると、やはりこちらを見ていたのかユリエスと目が合った。
「どうしよっか」
「とりあえず、こいつ引き上げてから考えるか」
町はすぐそこだし、森の中にこの猪よりも大きい反応はない。ここで解体して血の臭いなんかを嗅ぎつけた動物たちが集まっても森を抜けるのが大変になるし、なにより魔獣になったりされると面倒くさくなる。
ちょっと風を動かして、猪の体を泥から掬い出す。改めて断面も確認したけど、それはもう見事としか言えなかった。骨とか関係なくスッパリ切れている。
「いつの間にこんなの出来るようになったんだよ」
「前の魔獣退治の時に、ちょっとね」
「へえ、すごいな。俺も真似してもいいか?」
「それ以上強くなってどうする気だい?」
苦笑しながらも使い方を真似ることには頷いたユリエスは、俺よりも魔力の操作が上手い。きっと俺が同じやり方をしてもここまできれいな断面は見れないだろう。
だけど出来ないっていうのも何だか悔しいから今後の課題、だな。
猪の首と体についていた泥は作り出した水で洗って落とす。何回か繰り返すうちに、水が濁らなくなったので水気を切って地面に置こう、としたけどそうすると、せっかく洗ったのに土付くよなあ。
「ユリエス、バッグに空きあるか?」
「体なら入るかな。頭までは……ちょっと難しい」
「それなら十分だ、俺は頭しか入らない」
そのままユリエスがバッグの口を開けてくれたので、猪の体を放り込む。拳二つ分くらいの入り口から猪が収納されていく様子は最初の頃こそビックリしていたが、今はもう見慣れてしまった。そうして自分の腰にあるポーチに頭をしまい、使った水も泥と一緒にしてから土に混ぜる。
ユリエスが開けた穴も、猪を仕留めた大穴も全て平らにし、水は染み渡るように。そうすれば猪の血なんかは巡り巡って森への養分に変わるだろう。
「後処理まで、あっという間に終わったわね」
「帰りは任せてって言っただろう?」
俺たちの行動がひと段落したのを見計らって、ハルと共に戻ってきた彼女から声をかけられた。ユリエスはにこやかに対応しているが、ハルは何と言っていいのか分からない、といった様子で視線をあちこちに彷徨わせている。
「それにしても、あんな大きな猪しまえちゃうなんて、それやっぱり魔道具?」
「僕らはバッグって呼んでるけどね。ちゃんとした名前もあるんだけど長いから」
「そんなもん普通に持ってるなんて、なんか俺の感覚狂いそう」
ようやく復活したハルが絞り出すように告げて、その一言には隣の彼女だけでなくユリエスも深く頷いていた。
「何でユリエスまで頷いてるんだよ」
「ディオ、自分の胸に手を当てて考えてごらん。
だいたい、僕より容量大きいバッグ持ってるのに頭しか入らないなんて」
「こないだ渡されたんだよ、育ちすぎたスイサイ」
ほら、とバッグに手を突っ込んで一掴み取り出せば、何かに納得したような表情を見せたユリエスの隣から歓声が上がった。
「え、可愛いお花じゃない。ディオ、この花どうしたの?」
「置き場所に困ったから保管場所として使われてるだけだ」
「それなら、一株くらい分けてもらえるかしら? 私でも育てられる?」
スイサイ、自然の中では自生しているし別に魔力がなくても育つとは思うんだよな。これだけあるし、一株くらいなら大丈夫だろ。むしろこの花が減ってくれるなら俺としては大歓迎だ。
「屋敷着いたら出してやる」
「やった!
遅くなったけど守ってくれてありがとう。ユリエスも、退治してくれてありがとう」
「俺からも、助かった。あの大きさだと俺一人じゃ厳しかった」
「それが仕事なんだから気にすんな。礼はありがたく受け取っておくな」
最近、学園にいるばかりでこういった退治系の任務していなかったからか、直接向けられたお礼の言葉に背中がむず痒くなる。ユリエスは笑って流しているけど、俺はどうも何回やってもそうできないんだよなあ。
「町見えてるし、案内は必要ないだろうけど一応な」
「何言ってるんだよ、俺はまだこの辺り見覚えないぞ」
「ディオ、さすがにそれは直した方がいいと思うわ」
「同感。よく任務でもちょっと目を離した隙にいなくなるんだよ」
困ったものだ、なんて言いながらもユリエスは笑っているし、それを見ている二人の表情もさっきよりも柔らかくなっているから、今回は追及するのは止めておくか。
その後は魔獣や、獣に遭遇することなく町に帰って来れた。帰りが遅くなったから心配だったのだろうか、領主や住人が屋敷の前でウロウロとしていたが、俺たちの姿を確認すると安心したように体の力を抜いた。
「お帰りなさいませ。報告は明日お聞きしますので、本日はお休みください。
ハル、今日は君もここに泊まっていきなさい。案内ご苦労様」
「領主様、俺は平気ですから」
「明日またうちに来る方が面倒じゃない、いいから早く!」
若干抵抗していたようだったが、ハルはそのまま屋敷の奥に消えていった。その姿を見送った俺たちは、執事に客室へと案内された。
「御用の際はベルを鳴らしてお知らせください。それでは、ごゆっくりお休みくださいませ」
机の上に簡単に摘まめる軽食と淹れたてのお茶を用意すると、執事は部屋を後にした。この後に食事でも、何て言われるかと思っていたから正直これはありがたい。
「報告すること、まとめておくから寝てていいよ。今日は楽させてもらったからね」
「悪い、甘えさせてもらうわ」
ローブを脱いでベッドの縁にかけ、簡単に服を払って汚れなんかを気持ち落としてから、見た目通りふわふわの布団に潜り込む。
すぐにやってきた眠気に、ああやっぱり疲れてたんだな、なんて自覚すると同時にどんどんと瞼は下がり。抵抗なんてするはずもない俺に届いたお休み、の声はやけに心地良かった。
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