実力の一端
少な目描写ですが、戦闘があります。
「しっかし、これだけ本があるとすごいな」
「読むのにどれだけ時間かかるのかな」
「少なくとも俺は一生かかっても無理だな」
今度こそ躓いて転ぶことがないように、さっきよりもより慎重に動いているハルには申し訳ないが、そろそろここを出ないと陽が落ちるまでに町に戻るのが難しくなりそうだ。
時間を示すものがないから、この場所に移動してきてからどれだけ時間が経ったか分からないが、窓から射している光は赤みを帯びてきている。
「二人とも、そろそろ戻るよ」
「分かった」
よいしょっと掛け声をかけながら背負ったリュックは、食事なんかをして荷物が減ったはずなのにあまり重さが変わっているようには見えず。
「セリ、それ下に置いてきても良かったんじゃねえのか?」
「え、っと……そうなんだよね。なんかそのまま来ちゃって」
ハルが相変わらず変なところが抜けてるな、なんて笑っているからあれはいつもの事なのかもしれない。正直、そんなもん背負って移動していたら疲れるだろとも思うんだけどな。
「暗くなってから魔獣に会うと面倒だ、町には最短距離で帰るぞ」
「もちろんだ」
開けていた窓なんかを全部閉めて、動かしたものは元の場所に戻してから小屋を出る。思っていた通り空は暗くなり始めているから、早く帰る、というハルの意見に頷いて返す。
「ねえ、そういえば来た時に小屋の鍵ってどうしたっけ?」
「それならディオが開けたよ」
「今更な事聞いときながらそんな驚くなよ……」
そういや、入った時はハルと一緒に後ろにいたから見てなかったんだな、と思い出し、今後何かの役に立つかもしれないと思って明かりをひとつ出す。このまま森を歩いていくときに使うにはちょっと弱いけど、手元照らすだけなら十分な明るさ。
「風で中の仕掛け確認して動かすんだ。魔力の探知とやり方は似てるかもね」
ユリエスの解説を隣で聞きながらも、二人は思った以上に真剣な顔で手元を見ている。そのまま鍵をかけると、小さくカチャリと音が鳴った。
「さ、これでお終い。町に帰ろう」
帰りは任せた、と言ってあるので明かりを追加で出すのはユリエスの役目だ。そのくらいなら出せるくらいには回復したけど、行き道にほとんど魔法使ってないユリエスに任せることにする。
魔獣が増えて調査に来ているっていうのに今日は一匹も見ていない。このまま何事もなく町に帰れればいいんだけど、そういうわけにもいかないだろうな。
ちょうど暗くなり始めた時間、あまり慣れてない人物、襲うにはうってつけの条件が揃ってる。
「ユリエス」
「分かってるよ、出たら僕が対処する」
「俺が前行くから、セリは後ろな」
前の二人から一歩下がったところで俺たちがついて行く。整備された道はあまり広くはないけど、二人が横に並んで歩く分には確保されていたからな。
そうしてユリエスが出した明かりと、ハルの案内を頼りに森を抜け、明かりが木々の隙間から見えるくらいに町に近づいた頃にやはりというか、魔獣が現れた。
「ユリエス、ディオ! 魔獣だ!」
「やっぱり出たか」
ハルの叫び声と同時に飛び出してきたのは、森で見るのよりもかなり大きい猪。
口元はだらりと開いていて、涎を垂らしているがそこから覗く牙は太く鋭い。何かを探るようにヒクヒクと動く鼻が俺たちの匂いを捉えているのだろう。見開いた目が血走っているのは興奮しているからか。
魔獣になったからって二本足で歩くわけでもないので、高さは俺たちの腰くらい。目線はこっちが上なのに圧迫感があるのはその全長のせいだな。大雑把に見て俺二人分、ってところか。毛皮に覆われている部分はともかく、こちらにいつでも走り出せそうな足にはしっかりとした筋肉がついている。
一瞬で後ろに下がり、腰を低く落としたハルがナイフを構えるが、ユリエスはそんなハルの肩に手を置くと一歩前に出た。にっこりと、さっきまでと何も変わらない笑顔のままで。
「おい、ユリエス!」
「ハル、魔獣の素材ってどうしてる?」
「は!?」
想像もしていなかったことを質問され、一瞬気が抜けたハルを引きずって移動させる。あのままあそこで突っ立ってたら間違いなく巻き添え食らうからな。
「丸焦げにしないんだったら、後から聞けばいいだろ」
「それもそうだね、っと!」
猪の視界から横にずれて、リュックの陰に隠れていた彼女にハルを預け、二人の前に風の障壁を作ってからユリエスの様子が見える場所に移動する。討ち損じる、なんてことはないから本当にただの様子見、なんだけど。
その間に猪はユリエスに狙いを定めたようで、唸り声を上げながら牙を振り上げている。もちろん、それを黙って見ているわけもなく、サッと体を捻って難なく躱したユリエスはもう次の動作に入っていた。
「足元の土、凹ませたのか」
所々に猪の足くらいならすっぽり入ってしまう穴を作ったのは、こっちに突進してくるのを防ぐためか。一度足を取られて体勢を崩した猪が警戒するように前を見ていたが、グッと後ろ足に力を込めると、その巨体が宙に浮く。ユリエスの開けた穴をすべて飛び越えるように高く跳躍した猪だったが、そんな予想外ともいえる行動にも焦った様子なんて見せないユリエスは猪が着地するだろう箇所に手を添えると、にやりと笑った。
「なるほど、水含ませて泥にな」
猪は慌ててぬかるみから抜けようとしたようだが、だいぶ深くまで泥にしていたらしく、もがいてどれだけ泥が飛び散ってもその体が地上に上がることはなかった。
ユリエスが作り上げた水の刃で、首と胴体が別れた猪は、最後の絶叫さえ泥に吸い取られて音を立てずに絶命した。僅かに覗いている猪の体がピクリとも動かなくなったことを確認してから、障壁を解いて二人の様子を見る。
ユリエスが難なく魔獣を倒した姿を見て、まだ呆然としているけど、これだけは聞いておかないといけない。
「そんで、ハル。あいつの素材はどうする?」
お読みいただきありがとうございます。
サクッと戦闘が終わったのは、それだけ実力差があるよって事で。




