比較と変化
「それにしても、わざわざこんな王都から離れた森の中の小屋を買った貴族、ねえ」
「これだけ自然が残っているから、別荘もしくは療養ってこともなくはないけど」
「それならもっと利便性のあるところにするだろうな。それに、近づくなっていうくらいだ、後ろめたいことでもあったんだろうよ」
ふと視線を感じて目線を上げれば、前を歩く二人が立ち止まりこちらを見ていた。今の話、聞こえていたのかもしれない。そんな変な事を言っていたつもりもないんだが。
「二人とも、どうかした?」
「あ、いや。ただすごいなって思ってさ」
ユリエスの問いに、わずかに苦笑を漏らしながら答えたハル。止まっていた足を動かし始めたので、こちらに背を見せている。草をかき分けるザクザクした音が響く中、それに紛れることも期待しているのかあまり大きくない声量でハルが言葉を漏らし始める。
「その年で魔法省で働いているっていうのもだけど、ただこんな森の中に小屋があるってだけでそこまで考えられるんだって」
「ハル……」
「比べるのもおこがましいってのは分かってんだよ」
俺たちのこれは、そうならざるを得なかっただけなんだけど、そんな事を言うなら生い立ちから話さないといけなくなるからな。そんなの今の状態で言ったところで何の意味もないし、これ以上空気を重くするのもごめんだ。
「おいハル。
この森にはどんな動物がいる」
「え、っと。小動物がほとんどで、たまに鹿か猪が山から下りてくるかな」
「地形は」
「山に近づくと傾斜があるけど、基本なだらかで崖なんかはない。ここから流れた川が町にも繋がってる」
「何が採れる」
「奥に自生しているところがあるから、果物。それとキノコの類もよく採れる……ってそれがどうしたんだよ」
全部地図に書いてあるだろ、とこっちを向いて叫ぶハルに頷いて返す。そう、今聞いたことは地図に書いてあること。その地図は、ユリエスの手の中にある。つまりハルからは見えない。
情報が書いてあること、それを読めること。それは俺たちでもすぐにできるだろうが、そこから先。それを理解した上で行動に移せる事。ハルが難なくこなしている森の案内は、誰にだって出来ることじゃない。
「俺たちが地図だけで小屋に行こうと思ったらその辺のこと、全部調べてからじゃないと行けないんだよ」
「ハルの案内のおかげで時間がかなり短縮できてるから、助かってるんだ」
そうしてハッとした表情をしたハルは、バツの悪そうな顔をしていたが、さっきまでの思いつめたような空気はなくなっていた。それを見て安心したように口を開いたのは、今まで隣で見守っていた幼馴染み。
「それに、お父様言っていたわよ。魔獣が出てから毎日、ハルが森の見回りしてくれているから対処がしやすいって」
「そんな事、誰だって」
「魔獣が出たら自分のことで手一杯の人がほとんどよ。町のことを考えて自分から動いてくれたのはハルが一番だって言っていたわ」
「なんだ、自分だって考えて動いてるじゃねえか」
畳み掛けるように告げられたのは、きっと思いもよらないことだったんだろう。おそらく、赤くなった顔を見られたくなかったんだろうが、こちらから見える耳はほんのりと赤く色づいているので効果は薄い。
行くぞ、とさっきよりも幾分か大きくなった声に押し殺した笑いだけを返し、目的地である小屋に向けて再び歩き出す。
「ディオ、前ならあんなこと言わなかったよね」
「ああ。そんなこと言ってる間に案内しろって思ってただろうな」
むしろ地図だけよこせくらいは言ってそうだなと自分のことながら思う。そんな風に思える自分の変化にも驚いたが、悪い気分ではない。
前を向けば、足取りも軽く森の入口であったような会話をポンポン交わす二人の姿。だいぶリラックスしながら歩いているように見えるが、しっかりと周りの警戒をしながら小屋に向かっていることはもう分かっている。
「それで、実際のところはどう見る」
「まだ何とも。彼の祖父の代までさすがに情報は持ってないよ」
「なんとなく嫌な予感はするんだけどな」
「ディオも感じてるなら外れてないだろうね」
ユリエスと二人、同時に溜息が漏れる。
これほぼ確定で手間かかる任務じゃねえか。いい笑顔をして持ってきたバランに、帰ったら一発かましてやろう、と決めて先を歩く二人との距離を詰めるべく速度を上げた。
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