出発前のあれこれ
本日二話目の更新です。先の話は番外編なので本編への影響はありません。
本当は町の宿屋を取る予定だったのに、思っていた以上に熱くなったユリエスの話が長くなり。一応何度か声をかけたのに、そのたびに軽く流されたからな。
仕方ないから俺だけで宿屋の予約を取りに行くか、と思って腰を浮かせただけで待機していたメイドが動いて部屋に留まらせようとしてくる。
そこまで世話になるつもりなんてなかったのに、気づけばこの件が終わるまで伯爵家に滞在することが決まっていた。我に返ったユリエスがちょっとだけ申し訳なさそうな顔をしていたけど、それも例のパイプを使った暖房装置を使った時には消え失せていた。
「おはようございます、よく休めましたか?」
「ええ、おかげさまでゆっくりと。
急な宿泊となってしまってすみません」
「構いませんよ、宿にも空き部屋があるかわからない状況でしたし」
魔獣が増えたことで冒険者なんかの滞在が増えて来たようで、元々多くない宿の満室が続いているらしい。最近の賑わいで増やしていなかったらとっくに野宿してもらわないといけないような状況だったらしい。
それを見越した上で伯爵が俺たちを自分の屋敷へ滞在させるように連絡もしていたようだったんだが、あいにくと上手く伝達がされなかったようだ。
「それで、本日の予定ですが、このあとに森の入口で案内人と約束をしております」
「では、地図を見ながら森を一周してみます。普段と違うことがあれば印をして、詳細を調べてみようかと」
「そういうことでしたら、私が一緒に参ります」
話していたところにさも当たり前のように入ってきた姿に、伯爵がわずかに表情を変える。それも一瞬で、すぐに切り替えていたのはさすが、と言えるけど。
「セリ、魔法学園の実習じゃないんだ。案内はハルディーンに頼んである」
「ハル? それなら確かに森を知り尽くしているけど、でも」
伯爵が案内を頼んだ人物は、領主の娘からしても頼れる存在らしい。けれど、と言い募る姿からはただの物見遊山で一緒に行きたいだけとは思えないんだよな。断ったら断ったで、絶対に森に入るっていう意思すら感じさせるし。
どうもこのままだと話が終わらなそうだから少しばかり口を挟ませてもらおうか。
「それならば、ご息女にも一緒に来ていただきたい」
「ディオ?」
ユリエスは一緒に連れていく気はなかったようで、俺の言葉にびっくりしたようにこちらを向いた。伯爵と向き合って話しているのはユリエスで、俺が伯爵と向き合うためには半歩だけ右前に出ないといけない。そのちょっとのタイミングで人差し指を口元にやって静かに、と合図を出したのに目線だけで答えたのを確認して、俺が伯爵と向き合った。
「もちろん、伯爵の仰るようにこれは魔法学園での実習ではなく、実際に魔獣の被害が出ている実戦です。それを承知した上で私たちと共に来るというのなら、止めは致しません。
それに、女性ならではの視線で見つかるものもあるでしょう」
そう、つまりは彼女の夢で何かを見たかもしれない、そこに期待をして。
この言葉に気づかなかったらそれまで、だけどたぶん分かっていると思うんだよな。ちらりと見たらすごく真剣な顔で頷いていたから、俺の推測は間違っていないと思う。
「案内を努めてくれる方はもちろん、ご息女にも傷を負わせないと誓いましょう。
その実力はあると、自負しております」
ユリエスも話に乗ってくれて、伯爵はようやく首を縦に振った。心配していたのは俺たちの実力を師匠から聞いていて、自分の娘が一緒に行くことで足手まといにならないか、ということだったそうで。
「まさか、二人が力添えしてくれるなんて思わなかったわ」
「後からこっそりついてこられる方が厄介だからな」
「きっと何か考えがあるからだと思ったんだけど、違ったのかい?」
俺たちが断ったら一人で森に入るつもりだったようで、もう支度が全て終わったタイミングで声をかけてきたのだということ。それに気づいたユリエスは呆れた表情をしていたけど、そんなのどこ吹く風とばかりに彼女は足取り軽く森へと向かう。
一人で入る、と言っていたのも嘘ではなさそうで自衛用のナイフや、簡単な保存食、一通り必要なものをまとめて持っていたし、動きの妨げになるような服でもない。ドレスで来たら問答無用で置いてきたけどな。
「もちろん、調べたいことがあるから森には行く予定だったのよ。
ただ、私の実力が足りないのは事実だからね。二人と一緒に行けたほうが心強いわ」
なんて言ったって魔法省の実力者だし、なんて足取り軽すぎてステップでも踏み出しそうな彼女の背中を見て、思わずため息が漏れた。
俺の推測、間違ってなかったかもしれないけど、選択は間違えたかもしれない。
これから先、どうなるのやら、とちょっと考えることを放棄して森に視線をやると、その入口と思わしきところでこちらに手を振る人物。あれが伯爵の手配してくれた案内人だろう。
「あそこにいるのが、ハルディーンよ。長いからみんな、ハルって呼ぶけどね」
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