垣間見えたもの
「離縁証明って、何だ?」
俺以外の三人はその文字を見てハッとしたような顔をしたり、一様に表情を変えたのでなんだか大変なことだというのは想像つくんだが。
ガキの頃から魔法省で育ってきているから貴族や王族に対してのマナーなんかは体で覚えたんだけど、そういう貴族にとっての一般常識なんかは知らなくても良かったから全くと言っていいほどに触れていない。
言葉に詰まった様子のユリエスに、額に手を当てて目を瞑ったスカーレット。この二人はどう言おうか悩んでいるみたいだったからバランに目を向けると、何故だかすごいいい笑顔をしていた。
「な、おい、ちょっ……バラン!」
「ははっ、いいねえディオ!」
「何がいいんだよ、こら」
遠慮も何もなしに頭を撫で続ける力強い手、それをどうにか払いのけると緩く結んであったはずの後ろ毛まで解けていた。仕方ないので簡単に手櫛で整えて結び直す。
手の主であるバランを睨み付けてみたものの、本人はそんな視線を気にすることすらせずに眼鏡の奥の瞳を細めたままだ。
「魔法に関しての知識はエイナ様と同等を誇るというのに、そういうところは年相応のそれだ」
「相応、って俺もう十五なんだけど」
「僕らから見たらまだ子供だよ、ユリエスもね」
そうしてユリエスにも移した視線は柔らかく、部屋の空気が少しだけ緩んだが、それも次のバランの言葉でなかったことになる。
「さて、離縁証明だけど。簡単に言うなら縁を離す――自分の家とは一切の関係がない、と公に示したって事だ」
「それが、どういう」
「出されたのがダントン、伯爵家からだったから」
俺が貴族の事を勉強しないのは、こうやって隣で教えてくれる相手がいるから。紙で見るだけよりもユリエスが話してくれることの方が分かりやすいし、何よりも必要なことをその場で学べる。
「そう。貴族にとって子は宝と同じ。なんたって、次代も家の存続が約束されるからね。
だからこそ、伯爵家の子供が離縁証明を出されるのは普通に考えたらあり得ない」
言葉を濁すこともなく端的に説明してくれたバランの言葉で、さっきの二人の態度の理由を知った。
そうか、こういうことだから二人が言い渋っていたのか。俺にもきっと貴族の血が流れているだろうと言われている。じゃないと、このおかしな魔力量は説明がつかないと。魔法省に捨てられていたって事は、俺もそうだったんだろう、と考えるのはおかしなことじゃない。
それを知っているから言えなかったのは二人の優しさで、バランのようにはっきりと示してくれるのもまた違う優しさなんだと。
それを辛抱強く教えてくれたのは、俺をバケモノからディオに育ててくれたのは、他でもない。
「でも伯爵家からの離縁なんて、話題にならないはずがない」
俺はもちろん、そんな話題が上がるような場には行かないが、ユリエスは違う。そういう場所に行くことが当たり前だったその当時に聞いてないって事は、その頃にはもう他の話題があったか、もしくは。
「ユリエスが知らないのは当然だわ。だってこれ、二十年前よ?」
「生まれてもないときの事までは、いかにラングートと言えど学ばないだろう?」
年上二人に言われれば頷いて返すしかなく。あの両親の場合ならユリエスに教え込んでいそうなもんだけど、離縁の事で利があるわけでもないだろうし、伯爵家なら自分よりも格下だと放置した可能性もある。そしてたぶん、この想像は間違っていない。
ユリエスと兄貴がいなかったらとっくに家が無くなっていてもおかしくはないだろうに、よくあれで侯爵家が務まっているな、というのは不思議に思うけどただそれだけ。
「でも、今はベックフォードじゃなかったっけ?」
「あら、さすがね。そうよ、伯爵の遠縁って事で五歳だった彼はベックフォード男爵家に引き取られた」
「それで、肝心な離縁の理由は調べがついたのか?」
バランが言うには、普通に考えたらあり得ない。それならあり得ないはずの何かがあった、はずだ。伯爵家が教育次第でどうにでも出来る年齢の子供を手離す、理由が。
「恐らく、としか言えないんだけど。
彼には闇属性の適性があるわ。伯爵家はそれを恐れた」




