その名の呪縛
「ここに来るのも久しぶりだな」
「なかなか落ち着いて食事がとれなかったからね」
魔法省には研究室がある。つまりは寝食を忘れて実験やら研究にのめり込む奴がいるって事だ。そいつらの為って訳ではないが、仕事が山のようにあるので食事の時間はどうしても不規則になる。街の店が開いている時間ならいいんだが、そううまくいくはずもない。他のところにはないらしいが、魔法省にはいつでも温かい食事が出来るように昼夜の区切りなく開いている食堂がある。
「やあ、ちょうどいいところに」
セルフで好きなものをトレイに乗せていくのは、学園と一緒。聞いたところによると食事を疎かにしていた賢者なんかに食の大切さを教えた奴がいるとか。どこの誰なのかは文献にも残っていないそうだが、おかげでこうして食堂が充実したものになったっていうのはありがたいことだ。
チキンのトマト煮込みを取って、ついでに小さいパンを何個か乗せたトレイを持って席を探していると、同じく食堂を見渡していたバランと目が合った。
「いい研究対象をありがとう」
「バランがそう言うって事は、今頃研究室は大騒ぎだね」
バラン、同じ作業をどれだけ回数こなしても苦に思わないタイプだからこそ魔法省で研究職に就いているんだけど。何というか、自分の興味のない事には清々しいほど見向きもしないんだよな。それがいい研究が出来ると告げてきたというのは、それだけあのスイサイの研究が楽しくてしょうがないんだろう。
「何だ、長期で出張なんじゃなかったのかよ」
「こっちは任務の掛け持ちしてるってのに……
いい気なもんだな、クライン様はよ」
その後も他愛もない話をしながら食事を進め、ひと段落してお茶を飲んでいた時に不意に聞こえてきた、声。
久しく聞いてなかったその呼び名に、体は正直に反応したがぐっと堪える。ここでそれを晒したらあいつらの思うままだ。
「っ、今の」
立ち上がって文句を言いかけたユリエスを制し、何事もなかったかのような顔で声の主の方へと近づいていく。
制御が不安定になっているのを隠すように、わざと魔力を強めに放ち、威圧しているかのように見せて。少しふらつく足も、ゆっくりと進んで悟られないように。
「文句ばかりは一人前だな。人の事妬む前にやることあるだろうが」
「なんだと……! この、バケモンが」
「だったら飼いならしてみろよ、今なら首輪付きだぜ?」
分かりやすいように右の髪をかき上げて僅かに青い顔をした二人に見せつけるよう、耳のピアスを露わにする。普段は見せないようにしている、二つのピアス。鈍く光る紫色の石の意味を知らないはずがない。
「魔力封じの石を、二つも……!」
「う、うわぁああ――!」
人の事をバケモノなんて呼ぶからお望みどおりに見せてやったのに、青い顔どころか、もはや真っ白な顔で叫びながら食堂から逃げ出した。
一部始終をたまたま見てしまった連中も、サッと目線を逸らすのでそのまま食堂を後にする。
というか、これ以上ここにいるのはいろんな意味でまずい。
「ディオ、こっち」
ユリエスが近くで誰も使っていない部屋を見つけてくれたのでそこに入った瞬間、倒れ込む。
あいつら大した魔力でもなかったのに、こうなったのは久しぶりだったからか、油断していたからか。
「へえ、これがクラインの名の力か」
「バラン」
「ん? 魔力も変な気持ちも込めてないただの感想だよ」
こちらに視線を向けたユリエスに、頷くだけで答えとしてもらう。バランに呼ばれても何にも体に変化はなかったから、純粋に興味なんだろう。
「拘束って言っても、物理的にじゃなくて魔力の流れを不安定にさせて体の指揮系統をうまく機能させない感じかな。
魔力が強かったりそれこそ恨みなんかあればもっと強制力も強くなる、と」
「あいつらの場合は、魔力よりも気持ち、だな。
そっちのが、戻るまで時間、かかるんだよ」
バランの推測通り、この姓での拘束は魔力と、そして呼んだ時の気持ちによって度合いが変わる。魔力が強けりゃ抵抗できないくらいに体の自由効かなくなるし、俺の事を殺すつもりで呼んだなら意識を失うこともある。
ある程度までなら師匠と訓練したし、耐えられるようになったけど、今回はとっさに動けなかった俺のミス。
体はまだ自分の思った通りに動かないし、制御できてない訳じゃないけど魔力の流れも落ち着かない。二人には悪いが、もうしばらくこの部屋にいるしかなさそうだ。
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