ぶらり休日散歩
「パン屋って言ったって、俺は一軒しか知らないぞ」
街をふらついていればあるんだろうけど、パンの値段なんかを把握しているのはこの間立ち寄ったところだけ。使い道もないから貯まり続けている財布には、パン一つ買うには十分すぎるほどのお金はあるが、大きいお金を出すといろいろと面倒くさいことになるのは過去に学習した。
「そこでいいんだよ。ディオだってお腹空いてるだろ?」
そういえば、と起きてからユリエスに出してもらったお茶しか口に入れてないな。自覚すれば空腹を訴える自身に気づいたが、任務中で丸一日強制絶食になった時に比べればこれくらいならまだ余裕がある。
ただ、食べられる時に食べておけっていうのは身に染みているので、目の前の店から漂ってくるパンの焼けた香ばしい匂いを無視するって選択肢はない。
「いらっしゃーい!」
カラン、と軽やかなベルの音の後に聞こえた元気のよい挨拶。前はいなかった女性が焼きたてであろうパンを片手に店の中を動き回っていた。
トレイに並べられたパンを一通り見渡して、気になったものを取り会計に向かう。この後にどこに行くかは分からないので大きめのやつをひとつだけ。持ち歩くのも手間だしな。
「すぐに食べるので、そのままください」
「持ち歩けるように紙だけ包んでくるからちょっと待ってね」
女性が奥にいる誰か、たぶんパンを作っている人と何回か言葉を交わしてからこちらに戻ってくる。小ぶりのバゲットにしっかりと中身の入ったサンドだから、包んでもらった方が食べやすい。
ユリエスは朝食を済ませていたらしく、パンは買わなかったが小袋に入った焼き菓子を手に持っていた。待ってる間に会計を、とついでにユリエスの分も合わせて支払いを済ます。一瞬、目を瞬いたように見えたけどこれくらいの事はいつもやるし、俺の分を出してもらうときだってある。もう一度見たらいつもの様子だったから、考え事でもしてる時に俺が手を出したのかもしれない。
「お待たせー……って何だ、君たちか」
「あれ、食堂の」
「テッド、知り合い? 食堂って事はあそこの学生か」
奥から紙に包んでくれたサンドを持ってひょっこり顔を出したのは、学園の食堂でよく見る蜂蜜色の髪。女性が呼んだ名前に、そういや前にバスケット返しに行ったときに聞いたな、と思い出した。最近じゃ向こうから話しかけてくるから、名前が分からなくても話出来てたからな。
「ここ、俺の実家なんだよ。休みはたまに手伝ってる」
たまたま客足が途切れたこともあり、女性も交えて少し学園の事なんかを話してパン屋を後にする。ま、ほぼ話したのはユリエスだけどな。俺は時々振られる話題に簡単に答えた程度。おかげで買ったサンドはすぐに食べ終えた。
買いすぎに気を付けるように、なんて注意にもならない注意と共に差し出された果実水を飲み干して、そのまま何か目的があるように歩いているユリエスについて行く。
「なあ、どこに行くか決めてるのか?」
「決めてはあるけど、少しくらい散歩に付き合ってくれてもいいんじゃない?」
散歩なんて、とは思ったがユリエスが何の考えもなしにそう言い出すとも思えない。今日は制服じゃないから俺はともかく、ユリエスなんて貴族の子息がお忍びに来ているようにしか見えないのに。それでもわざわざ街の中をぐるっと一回りするように歩いて、着いたのは何とも馴染のある所。
「行きたいところってここかよ」
「聞きたいこともあるでしょ」
周りの何人かが不思議そうな顔をしてこっちを見ているの、分かっているだろうにそれを気にも留めずにどんどんとユリエスは奥へと進んでいく。私服だから魔法省の人間だと思われてはいるだろうけど、いつもならその辺を煩く言ってくるのはユリエスの方なのに。
何の根拠も確信もなく、口にしたのはただ何となくそうかもしれない、なんて程度だったけど。
「――師匠?」
ピタリと足を止めて、こちらを振り返ったのはユリエスと同じ格好に身を包んだ女性。
その顔には面白くてたまらない、と言わなくても分かるほどの笑顔が浮かんでいる。
「いつ気づくかと楽しみにしていたけど、いや予想よりも早く見破られてしまったね」
そのまま案内された部屋には、もちろんユリウスが待っていた。
評価・ブックマークなどなどありがとうございます。
12月から新生活になりまして、ペースに慣れるまでちょっと更新落ちるかもです…




