悩んだら食堂へ sideセリ
それはどこから広まったのか、気が付けば学園の誰もが知るほどになったうめき声の噂。
月科は貴族が多いからか授業が終わればそのまま寮に帰る生徒がほとんどで、場合によってはそのまま夕食も自室で済ます、なんて事も増えてきた。
「それにしても、動きが早いんだよね」
そう、噂話は確かにシナリオに存在していたし、その顛末まで覚えている。けれど、わたしの記憶では入学してから初めての長期休暇の後だったはずなんだ。今は長期休暇の前、試験も始まってないしどうにも噂が流れるのが早い。
ここはわたしの知っているゲームの世界、だけどこの世界の人たちは話したら同じ言葉を繰り返すだけの役割しか持っていない訳じゃない。わたしにとっても、今目の前で嬉しそうに試作を頬張っている食堂の人にとっても、これは現実だし、リアルなんだ。
「セリちゃん、何か言ったか」
「そんなに気に入ってもらえるなら頑張った甲斐があったな、と」
考え事をまとめるにあたって、机の前で唸るのは自分に合わないと早々に諦めたので最近はもっぱら食堂に突撃するようになった。
食堂の料理人のみんなともだいぶ打ち解けたので顔を出せば今日は何を作るんだとばかりに囲まれるようになったけど。
「いやあ、海の草なんてどうしたもんかと思ったけど、これは美味いな」
「今回は果物を入れたけど、ちょっとおしゃれな前菜も作れるわよ」
「それも気になるけど、寮で出すならこっちの方が喜ばれそうだな」
魚を仕入れている業者の手違いで届いた寒天は、中途半端に残っていた果物たちを使ってゼリーになった。この世界で初めて見たけど、上手くいってよかったわ。試作の評価もまあまあだし、これならきっと近いうちに食堂のメニューに載るだろう。
「テッド、どうしたんだ?」
「少し残った分を他の人にも試してもらおうかと思って」
「ああ、最近よく話してるのがいたな」
ちょうど良く食堂に来たようで、テッドが他の人の目に触れないようにこっそりと渡しているのが見えた。え、あの銀髪ってもしかして。
「ねえテッド、今の人は?」
「月科の一年。セリ、一緒の科だろ?」
当たり前のように返されたけど、もちろん知ってるけど、聞きたいのはそこじゃなくて。
「そうじゃなくて、あなたよく彼と話すようになったわね」
「ああ、初めは貴族だし関わるもんかと思ってたんだけどなあ。話してみたらすごいいい人で」
陽科にいる幼馴染と遅くまで勉強したりしてるみたいで、よく軽食を頼まれるようになったから自然と話す回数が増えたそう。それで時々試食を頼んだりしてるらしい。毎回きちんとお礼と味の感想を伝えてくれるのがポイント高いそうだ。
わたしの時よりもあからさまな態度は取らなかったそうだけど、食べ物を個人的に渡しているくらいだからもうテッドの中ではユリエス様は貴族だけど大丈夫な人、という認識みたい。
もちろんわたしもテッドの中で大丈夫な人認定されている。最初はすごい距離を取られたし警戒されていたけど、今はそんな事ないし。
「それで、セリの悩みは解決しそう?」
食器を下げながら、他の人の目が離れたタイミングで言われた一言に動揺して、下げた食器がシンクの中で大きな音を立てる。
それに何人かがこっちを見たが、テッドの大丈夫という合図と、食器が割れてけがをしていない事だけを確認して、持ち場に戻っていった。
「わたし、悩んでいるように見えた?」
「いや? でもセリが平日に来るの珍しいでしょ」
食堂に来た時の顔がいつもと違っていたし、レシピを考えている時の嬉しそうな表情でもない。だから何かあったのかと思ったんだ、と余裕そうな表情でこちらを覗いてくるから見抜かれていた恥ずかしさで俯いてしまう。
「こういう時はお兄さんを頼りなさ―い」
「……お兄さんって言ったって二つしか違わないじゃない」
きっとこれが照れ隠しだっているのも気づかれているんだろうけど、それに触れないでいてくれる気遣いはありがたく受け取っておこう。
悩んでいたのは、この噂の事を彼らに告げるかどうか、だったんだけど。
「上手くいかなかったら、慰めてね」
上手くいったらお礼代わりに美味しいもの作って渡せばいいか、なんてレシピを考えながら。
わたしは、彼らに声をかけようと決めた。




