発言の意味
理解できない、そう思ったのはこれが初めてかもしれない。いや、言葉は理解できているのに意味が分からない。そう感じたのは俺だけじゃなかったようだ。
「えっと、セリ? ヒロインって女性を指すんじゃなかったっけ?」
「そうよ、物語の中で中心になる女性、それがどう考えても」
「俺だって言いたいのか?」
冗談だろ、と思いながら問いかければ思っていた以上に真剣な表情で頷かれた。だからってはいそうですか、なんてすぐに納得できるような内容じゃないんだけど。
「入学式で貴族に絡まれる、食堂で第一王子と出会う、身に覚えは?」
「あるにはあるが、それが?」
どれも多数の生徒がいる前であったことだし、知っていてもおかしくはない。入学式の時はまだ名前と顔も知らない奴が絡まれてるくらいにしか思わなくても、殿下と会ったのはそれなりに顔と名前が一致している時だ。あの後、何日かはチラチラとこっちを探ってくる視線を感じたが、特に何もせずともしばらくすれば感じなくなった。
「ウィードと初めて話したのは薬草学の実習の時よね」
「そういやそうだったな」
確か調子に乗ってやらかした奴らのせいで実習の手順が分からなくなって俺のところに来たのが最初だったはず。学年で一緒の授業だしそれも見ていたとは言えなくもないけど、あの騒ぎの中で生徒一人の動きなんて見ていられなかったはずだ。
「ちょっと待って、セリは何でそんな事を知って」
「ねえユリエス、あなたは貴族と言ってもあまり家と関わりないから知らないかもしれないけど」
彼女の何気なく発した言葉に、ユリエスが息を飲んだ。そりゃそうだ、ユリエスは出来が悪いと言われることはあっても、表面的にはラングート侯爵家の次男。家名を名乗っているのに家との関わりがないなんて思わないだろう。
「スフィア家の長女は、死神を見たのよ」
「それは、」
「小さい頃に川で溺れたの。その時にたくさん、夢を見たわ」
死神を見た、つまり生死の境を彷徨ったってことだ。俺たちもやばい任務だったりすると死神の足元を拝めるかも、なんて言ったりするが、足元どころじゃなくて死神を見たなんて言うってことは相当深刻な状態だったってことだ。
「一時期スフィア家が何にも動かなかったのはそれか」
「お父様もお母様も、医師から覚悟するように言われていたらしいから。
それで、目を覚ましたわたしはその時に見ていた夢を忘れないように書き残したの」
「その中のひとつが、この学園の事だと」
「ええ、そうよ。貴族に絡まれるのも、第一王子に会うのもわたしが夢の中で体験したことだった」
「だから俺がヒロイン、ってことか」
夢で見たことが現実になったからって俺をヒロインと呼ぶのはどうかと思うし、言っていることをそのまま信じることはできない。でも話を始めてからずっとスカートの上で握られている拳はわずかに震えていて、それはきっと演技ではない、と思う。
「だとしたら、どうして噂の出所なんて知ってる? それも夢で見たのか?」
「うめき声を聞いた時、誰かに会ったでしょ。その人の事、よく調べて」
その時の事は俺たちだけしか知らないはずなのに、はっきり誰かに会ったと。しかも誰かが分かっていてあえて特定できるような言い方を避けている。今までの事ならまだ人から聞いたりだとかで説明できたけどこればっかりは知っていることをどうやっても説明できない。彼女の言う夢で見た、以外では。
「それを信じたとして、僕らにメリットがあるのかな」
小首を傾げたユリエスが、にっこりと笑顔を浮かべて問いかける。あの笑顔、任務の時にはよく見るから俺は慣れてるけど、初めて見る奴だと笑顔なのに目が笑ってないだとか空気が冷たいだとかなかなかの言われようなんだよな。
「メリットがある、なんてはっきりは言えない。夢の状況と今は違ってきてるし、その通りに上手くいくとも思ってない。
けど、損にはならない、絶対に」
それを目の前で向けられた彼女は一瞬びっくりしたように肩を震わせたが、しっかりと答えた。自信なさそうな言葉の割に最後は目を見て言い切った彼女の姿に、目を丸くしたユリエスは我慢しきれなくなったのか小さい笑いと共に目を逸らす。
「ごめんね、試すような真似をして。
大丈夫、セリの言うことを信じるよ」
ハロウィンの話はすぐに書けたのに、こっちはなかなか手強かった…




