謎の発言
「なー、蕎麦に乗ってた油揚げで作ったんだってこれ、おいなりさん……ってどっちの知り合い?」
「初めまして。月科のセリ・スフィアと申します」
「ご丁寧にどうもー。陽科のウィードです」
ニコニコと三角形の何かを乗せた皿を手に戻ってきたウィードが、セリの姿を捉えて目を丸くする。それでも即座に挨拶をして返すのはさすがと言うべきか。
さっきの言葉がなかったら、正面に座ったウィードがおいなりさんを頬張る様子を嬉しそうに見ている姿はただの学生そのものだ。それでもさっきの言葉がある以上、俺たちは警戒せずにいられない。
「え、セリそれだけなの?」
「試作で思いのほか手が伸びてしまいまして……今日の食事はいかがでしょうか」
「蕎麦だけだとあんまりお腹膨れないから、これみたいのがあると嬉しいかな」
「ではそのように伝えておきましょう」
握りこぶし分くらいのグラスに盛られたヨーグルトと果物、たぶん俺たちなら二口三口で食べ終わりそうな量のそれをゆっくりと食べるのは令嬢だからなのかそれとも、こちらの様子を探っているのか。そんな些細なことですら気にかかる。
だから、ウィードに夕飯の感想なんか聞いてどうするんだと思ったら、答えは本人から返ってきた。
「私も頑張ったかいがありますわ」
「これ、セリの案?」
「手違いの発注で困っていたようでしたから、本で知った調理法をお教えしただけです」
簡単な軽食は前に作っていたのだと言われて、思い当たるのは試作と言ってもらったガレット。あれも彼女の案だったのか。
「うまかったって、伝えといてー!」
「ええ、承りましたわ」
それでは、と空になった器を持ち軽く頭を下げて立ち上がったので、慌てて引き留めようとしたら、それに気づいた彼女の方から声をかけてきた。
「あまりお蕎麦を放っておくと伸びてしまって美味しくなくなりますわよ?」
「は? いや、そうじゃなくて」
「……明日の授業終わりに、談話室で」
ぼそりと告げられた言葉に振り向けば、これ以上言うことはないとばかりに笑顔でお休みなさいませ、と言われてしまった。そのままこちらに振り向くことなく食器を返し、料理人と何かを話してから彼女は食堂を出て行った。
「月科でも気さくなんだな、セリって」
「この短時間で名前で呼べるウィードを尊敬するよ」
おいなりさん、とやらも綺麗に食べ終えたウィードが、隣に座るユリエスに声をかける。彼女は月科だし、普段の様子を知っているのはユリエスだけだからな。
「あっちからそのほうが嬉しいって言ってきたんだよ。スフィア家のご令嬢なのに」
「知ってるのか?」
貴族ってことは分かったが、スフィアがどの辺りの位なのかは分からない。貴族のあれこれはユリエスのほうが話が早いから任せっぱなしだ。
「伯爵家、だったよね。確か最近は領地がいろいろと活発になっていると聞いてるよ」
「そうそう、一回行ったことあるんだけどなんて言うか、いい人たちばっかりでさ。
名物料理なんかもあって盛り上がってたんだよ」
ウィードと楽しそうに話している様子なんかはその辺からきているのかもしれないな。調理法を知っていたっていうのも、名物料理なんかがあるなら頷ける。けど、領地は王都から少し離れたところにあったはずなのに盛り上がってる、か。
発言の真意は明日までお預けだけど、スフィア家の事について調べる時間くらいはありそうだ。
「それで、ディオ。俺はお前に言いたいことがある」
「いきなりなんだよ」
「セリが言ってただろ。蕎麦、美味くなくなるって」
急に深刻な顔をして言い出すから、何かと思えば先ほどから進まなくなった今日の夕飯の事だった。
さっきの呼び出しは俺にしか聞こえてなかった、ってことか。一人で来いとは言われなかったしユリエスも噂の出所の事は聞いていたはずだ。
あとで明日の事はユリエスにも伝えておかないとな、と思いながら伸びてしまうと言われた蕎麦に手を付ける。
さっきよりも柔らかくなった麺、これが伸びたということなのか。
たぬきよりきつね、大好きなのは山菜です。




