第一王子はどこまで知っている?
「噂の声は学園の設備不具合だって話だったんじゃ?」
「そうだね、でも君たちが聞いたのはその発表をした後だ」
違うかい? と笑顔を崩さないままで問いかけてきた殿下は果たしてどこまで知っているのか。
俺とユリエスが声を聞いたことはまだスカーレットにも話していないから、ブレア先生しか知っている人はいないはずだ。
「ディオと言ったな、お前たちがうめき声を聞いたことも、ブレア・ベックフォードと遭遇したこともこちらで調べがついている」
「ベックフォード?」
「ブレア先生の家名だよ。それで、その声の事について率直にどう感じた?」
あの声を聞いたことを感じたままに言葉にするなら、か。声が聞こえたのはほんの僅かで、しかもたった一度きりだからそこまで覚えていることは多くはないけど、それでもあの声から読み取れたのは。
「助けてほしい、だな」
ピクリ、と肩を揺らした殿下はそれでも口を挟むことなく無言で続きを促してくる。さっきと同じ笑顔のはずなのに、室内の雰囲気はピリッとしたものに変わった。今、目の前にいるのは学園の先輩じゃない。ルズベリー王国第一王子、その人ってわけだ。
ただの学生なら間違いなくこの空気に圧倒されるんだろうけど、生憎とその程度でやられるほどやわじゃないんだわ。
何より、あの声のことはここで伝えておいたほうがいい。そんな予感というか確信めいたものがあった。魔法使いの勘は当たるというし、それに従っておいても損はないだろう。
「自分じゃどうしようも出来なくて、助けが来ることはないって分かってるけど、それでも求める……そんな声」
「思っていたよりも想像力が豊かなんだね」
ふふ、と軽く息を漏らすような笑いのあと入室した時と同じような空気が流れる。後ろに控えていたリアンに、二言三言何かを指示した後にソファーから立ち上がった。
「さて、なかなか面白い意見をありがとう。本当は昼休憩だけで済ませるつもりだったのに長引いてしまった」
「あー、それはウィード、クラスの奴が上手く言っておいてくれるかと」
別れるときにはカッチコチに固まっていたウィードだが、あれで回復は早い。
授業に顔を出さなかったら殿下の名前でも出して、上手く話しておいてくれるだろうという想像がつくくらいには一緒にいるからたぶん、大丈夫だろう。
「後で僕からも事情を説明しておくよ。この時間は何の授業を?」
「午前が魔法史だったから、今日は確か基礎体力だったはず」
「ああ、あれは一回休むと大変だ。すまなかったね」
やっぱりあの授業は誰にとっても苦い記憶なんだな、と殿下の顔を見て思う。
笑顔以外の表情、この部屋に来てから初めて見た。
「魔法史はどこまで進んだんだい?」
「魔法省の設立を」
食器を片付けている時に問いかけられたのはただの世間話か、それとも他に目的があるのか。
どっちとも取れるが、別に誤魔化すようなことでもないのでそのまま告げた。先輩だったら自分だって同じことを勉強してきているし進み具合だってなんとなく覚えているだろう。
「初代賢者の功績の一つだね。おかげで今の魔法を中心とした文化があるといってもいい」
「そのおかげで今、俺は学園に通えてるんで」
「そうか、それなら魔法省の切り札の話は聞いたかな」
切り札、なんて聞いたことないぞ。師匠の事か。あれでも部署の上から数えたほうが早いところにいるからな。
「その強大な魔力ゆえに、枷をつけることを余儀なくされたと」
「っ、それって……」
「切り札、そう呼べば聞こえはいいが実際のところはどう思っているんだろうね」
こちらを向いて笑う顔からは何も読み取れない。この人が、王族が知らないなんてことはありえない。俺が首輪付きだと知っていて敢えて話を振ってきているのか、それとも本当にただの授業の進みの確認なのか。分からない、が正体を明かすわけにはいかないだろう。
「さあ、それは授業で聞いてないんで何とも」
「そうか、じゃあこの話は今度するのかな。知っておかないといけない事だからね」
その話を深く聞くことなんてできず、片した食器を持って談話室を後にした。
部屋を出るときに見えた表情からは俺の事をどう思っているかなんて読み取れるはずもなく。
軽いはずの食器がやけに重たく感じられた。




