噂の調査と変化する気持ち
「あ、ああ悪い」
思わず耳を押さえたくなったが両手は塞がっているのでそれは出来ない。キィキィと甲高い声で文句を言うマンドラゴラをさっきよりも大きい植木鉢に移し、ふんわりと土をかけたところで満足したように自分から潜っていく。
「実習棟のうめき声の正体が隙間風だって?」
「そんな事あるのかって思うでしょ。わたしだってそう思ったわよ」
でもねえ、とマンドラゴラを植え終えた植木鉢の整理を終え、スカーレットが腕を組む。その顔は納得しているとは到底言えず、何か見逃しているものがなかったかを考えているようにも見える。
「二人一組で一週間、毎日ペアと場所を変えて調べたのよ。本当に施設の不具合なら困るもの」
「それでも、結果として何もなかった」
「そう、最終日にわたしとブレア先生の担当だったところで少し窓が開いていた程度。それでも風の音をうめき声とは聞き間違えないでしょ?」
日が落ちて暗い中なら音の出所が分からずにそう聞こえてしまうこともあるのかもしれないが、聞いているのは生徒。となると真っ暗になる前には寮にいるはずなのでそんな声を聞くはずはない。
「そうなると、どうしてそんな噂が流れ始めたのかが気になるね」
「実際に聞いた奴がいるんだろ?」
入学してすぐの新入生でも聞いたことがあり、一か月程度の短い時間で教師を動かすくらい無視できないものになるくらいだ。それなりに聞いたことあるって奴がいないとおかしい。
「そう、だから今度はそっち方面で慎重に調べていくことになったわ。そろそろ学園に慣れた一年生たちも話し相手になるでしょうから」
「こっちでも少し探ってみるよ。月科ではそこまで噂話は聞かないけど」
「そうなるとこっちか。それならウィードにでも聞くか」
前に何か聞きたいことがあればなんて言っていたし、噂のことはいち早く情報を持っていたからまた何か知ってるかもしれないしな。クラスでほとんど話をしたことがない俺が聞くよりも、ウィードが聞いたほうが話が早いしより多くのことを話してくれるだろう。
ユリエスも納得したように頷いていたが、それを見ていたスカーレットが嬉しそうに表情を緩ませた。
「いいわねぇ、学生を楽しんでいるみたいじゃない」
「スカーレット、それは」
焦ったように名前を呼んだユリエスの事を手で制したスカーレットがくるりと体ごと俺に向き合う。
「そうしていると、ただの学生にしか見えないわよ」
俺の前にあった植木鉢を回収し、お疲れさま、と言いながら温室の奥へと向かう。植え替えを待つマンドラゴラもないし、これで終わりってことだろう。
「もうすぐ閉門の時間になるし、帰ろうか」
「そうだな」
スカーレットは潜入の話を聞いている。俺たちの任務のことも知ってるから、さっきのは特別何かがあるわけじゃない。
でも、何故だか学生に見えると言われて、少しだけ心が弾んだ気がした。魔法省の中でも勉強を欠かしたことはないが、自分と師匠、そしてユリエスとだけだった。こうして大人数の中で会話を交わしながら時には冗談めいたことを口にする、なんてことは想像したこともなかった。
これが、学生だというのなら。任務を言い渡されたときに感じていた面倒な気持ちは確かにあるが、その時よりもだいぶ少なくなってきているんだと、思う。
「ディオ、何か考え込んでどうしたんだい?」
「いや、ただの学生なんかじゃないのにな、って」
ユリエスに正直に伝える気にならなくて、顔を背けて言えば、隣からは小さく息の漏れる音。笑っているだろうことが分かり、余計に顔を見ないように校舎のほうに目をやれば、眩しい夕焼け。
そしてわずかに聞こえた、音。
「今のって」
「たぶん、そうだろ」
ユリエスにも聞こえていたようで、踵を返し音の聞こえたほうへ向かう。
おそらく今のが噂のうめき声だ。




