アリス先生の呼び出し
「ディオ、ちょうどよかった。これから温室に行くよ」
「おいユリエス、何がちょうどいいんだよ」
魔法省にも本はたくさんあるが、この学園の蔵書はまた違う系統のものが多い。学園の生徒からの希望があったりするのだろうか、歴史や魔法の基礎など授業で使うものから手軽に読める小説まで様々だ。
本を読むのは嫌いではないし、時々思いもよらないものに出会えたりするから時間の出来た時には適当に目についたものを読むようにしている。
たいていユリエスが一緒だからクラスの連中に見つかっても勉強を教わっているようにしか見えないしな。
今日も時間つぶしに、と適当に手を伸ばした本を読もうと表紙を開いたら飛び込んできたユリエスにいきなり腕を取られた。
「アリス先生からマンドラゴラの植え替えの手伝いを頼まれているんだ。一緒に行こう」
「手伝いって、ユリエスがいれば十分だろ」
「いいから、ほら」
仕方なく手に取った本を元の場所に返して図書室を後にする。すれ違う何人かがユリエスに挨拶をするのを横目で確認しながら中庭を抜けて温室へと向かう。
「当たり前だけど、見事にユリエスにしか声かけないのな」
「制服は一緒でも、自分の科じゃないかどうかはすぐ分かるからね」
貴族にとって人の顔と名前を覚えるのは当たり前のことであり、義務だ。
どんな所がどう繋がっているかを知っているのといないのでは自分の立ち回りに大きく差がつくから、貴族の子供たちは幼い頃に顔見せを行い、人脈を作り上げる。
俺には関係ない話だが、ユリエスはそうもいかないらしい。
「第一王子のはそろそろ落ち着いたか?」
「それなりに、かな。僕が積極的に動く気がないのが分かってきたみたいで」
「侯爵家ってのも大変だな」
そんなことを話しながら温室に着き、入り口に手をかけたら指先に感じたのは軽く弾かれる感覚。
「ああ、そうだこれを預かってたんだ」
ユリエスが胸ポケットから出した指輪をはめて、入り口に手をかける。すんなりと開いた扉の向こうで優雅に座るアリス先生の姿が見えた。
「こんにちは、アリス先生」
「ユリエス君、お手伝いありがとう。それとディオ君もね」
困ったように眉を下げて笑う姿はどこからどう見ても、手伝いに来た生徒に申し訳ないと思っている教師そのもの。
俺たち二人が温室に入ったのを確認したら、サッと温室に防音魔法をかける。
「マンドラゴラの植え替えが必要なのは本当だから、進めながら話しましょ」
「げ、本当にやるのかよ。話だけかと思ってた」
「次の実習で使うのよ」
回復薬はこの間やったから、必要なのは解毒剤か目くらましの香あたりか。一学年四十人が一気に同じことをやるならそれなりに育った奴が必要にはなるな。
「それで、スカーレット。噂の件はどうだった?」
制服のジャケットを脱いで腕まくりをしたユリエスが問いかける。マンドラゴラは抜くときに上げた悲鳴を聞くと死に至る、なんて言われているがそれは同意を得なかったり、無理やり引っこ抜いたとき。おまけに死ぬ、なんてことはない。ちょっと、いやかなり耳障りなだけだ。
俺も聞いた時は驚いたが、なんとマンドラゴラ、自分の気に入った土から離れるのが嫌だから声を上げるんだと。狭くなったり、土の栄養が足りなくなると頭の葉を揺らして知らせてくるっていうんだから何というか、植物って括りでいいのかと思ったもんだ。
世話してくれる人間には自分から根っこを差し出してくるあたりは対等な関係、なんだろうな。大きく育った奴なんかは邪魔になったからとポッキリ折った根っこを渡してきたりするが、この温室にそこまで大きいのはない。
「それが、どうもよく分からないのよね」
「調べたんだろ? 分からないってことはないんじゃないのか」
「調べたわよ。うめき声の原因が隙間風ってことがよく分からないの」
その一言に、思わずマンドラゴラにかけていた手が止まる。
中途半端に移動させられたことに文句を言うように上がった声のほうがよっぽどうめき声に近いぞ。
マンドラゴラに関しては、この話ではこんな感じ、と思っていただければ。




