初めまして、先輩
ざわついていた食堂から音が消える。食器を片そうと立ち上がっていたのにわざわざ椅子に座り直した奴の姿も見えた。
冗談でもなんでもなく今食堂にいる生徒の注目はユリエス、そしてそんな空気をものともしない目の前の人物だ。
ちょっと考えれば分かることだったとはいえ、事前に一言もなかった師匠に頭の中で八つ当たりするくらいには混乱しているのかもしれない。
まさか、この国の第一王子が挨拶に来るなんて。
「ご挨拶が遅れましたこと、大変申し訳ございません。
お祝いありがとうございます、アルフレッド殿下」
「学園内ではただのアルフレッドだよ。とは言っても一つ上だから君たちの先輩だけどね」
にこやかな笑みを崩さないまま、食堂に残る生徒の姿をぐるりと見渡して困ったように眉を下げる。
「人の少なそうな時間を選んできたつもりだったんだけど、どうやら読み違えたようだ」
「殿下はいつもこちらで昼食を?」
「時々、様子を見ながらね」
入学してからほぼ毎日、この食堂で昼ご飯を食べているが今まで会ったことがなかったのは、殿下が時間をずらしたりしてくれていたからなんだろう。新入生である俺たちがある程度慣れた頃を見計らって顔を出した、ってわけだ。
「今日はただ挨拶に来ただけだから、これで失礼するよ。
午後の授業も始まってしまうからね」
「え、うわ! ディオ急げ! あと三分しかない!」
殿下の言葉で我に返ったのはウィードだけではなく。途端にざわめきを取り戻した様子を見ていた殿下は、ユリエスにゆるりと手を上げるとそのまま食堂を出て行った。
慌てて食器を片付けたウィードは、パスタを残してしまったことを厨房の男性に謝り、あの様子じゃ仕方ないと許してもらえたことをとても喜んでいた。
そうして開始ギリギリで教室に滑り込んだ俺たちは、何故だかその授業だけよく当てられた。
「さてユリエスさん、どういうことか説明してもらいましょうか」
「ウィード、顔が怖いよ」
地獄の鬼ごっこを終わらせた後に階段を昇らせるのは申し訳ないと、今日は一階にあるユリエスの部屋に集まっていた。
ただし今日は俺だけじゃなくてウィードも一緒。本当は任務の話なんかもしたかったんだが、今回ばかりは仕方ないだろう。
「怖くもなるわ! 第一王子と顔見知りなんて聞いてないっての」
「僕自身はあまり交流ないんだよ」
「は?」
きょとんとしたウィードが、ユリエスと交互に俺の顔を見る。そういや、この辺の話はしてなかったか。
「ユリエスが侯爵家の次男だって話はしたよな」
「ん、ああ。両親と馬が合わないってのも聞いてる」
「こいつ、兄貴いるんだよ。四つ離れてる」
こいつ、と俺が示したままに顔を動かしたウィードがユリエスのほうを向く。それにうなずいて返したユリエスが説明を引き継いだ。
「兄も両親と合うわけじゃないんだけど、職場が王宮でね」
「王宮で……ってすごいじゃんか」
「各省を繋ぐ連絡役だから、いつも走り回ってるみたいだけど」
「それで第一王子と知り合ったってことか?」
「そんな感じ」
だいぶ端折ったが、その時のことを思い出してユリエスは疲れたように軽く息を吐きだした。
「ユリエスの入学が決まった時に兄貴が殿下に自慢したんだよな、俺の弟がって」
「ディオ、それは……!」
「ディオさん、そこんところ詳しく」
「わざわざ仕事の合間縫って殿下に伝えに行ったんだろ?」
慌てた様子で止めようとしたユリエスを押さえ、ウィードが興味津々な顔で食いついてくる。要点だけを伝えれば、にんまりとした顔でユリエスのことを見つめ始めた。
「ユリエス、兄ちゃんから愛されてるな」
「だよな、俺もそう思う」
うんうん、と二人でわざとらしく頷けば、耳を真っ赤にしたユリエスに追い出されてしまった。
お休み! とあえて大きな声で告げられた挨拶に笑って返し、俺たちも自分の部屋へと帰る。
明日は休日だ。消耗品が切れてきたから買いに行かないとな。




